中小企業診断士 中陳和人の                 「夢をかなえるブログ」~目指せあの頂へ~

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2015(平成27)年の大河ドラマスタートに際して

 今年、平成27年(西暦2015年)の大河ドラマは吉田松陰の妹・文が主人公だということである。
 今さらではあるが、一昨年は同じ幕末・維新の物語ではあるが、新政府からすると敵とされてしまった、同じ日本の会津藩・新島八重が主人公であった。
 番組放送当時、川崎尚之助という人物が気になっていた。
 昨年末に偶然書店で見つけたのが、あさくらゆう氏の著書『川崎尚之助と八重』(知道出版)という本である。

 川崎尚之助が大河ドラマで登場した当初は、とても江戸時代の武家らしからぬ、現代風の容姿・振る舞い・喋り口調の人物であり、配役のミスではないかと思っていた程度の印象だった。
 しかし回を重ねるにつれ、会津の人々の向学心や国の行く末を思う気持ちに対するこの人物の取組姿勢が真剣で清々しく感じられていった。
 会津藩の最後の方では、京都に駐在して帰ってこられなくなっていた山本覚馬(義兄)に代わり、(この頃既に会津藩士になっており、かつ大砲頭取という役職を拝命していたこともあってだろうが)会津藩士たちに対して、軍事教練をも行い、会津城籠城戦では、妻・八重とともに新政府軍と激しい戦いを行った。

 同じ日本人同士、同じように国の行く末を思いつつ、色々な行き違いが重なって、遂には国の敵とされてしまった会津。
 出身は但馬の国、出石藩でありながら、学問を縁として会津に出仕し、真面目一筋で生き抜いた川崎尚之助。

 敗戦の責任を問われ、会津藩兵は東京へ送られ、さらに青森県の斗南を藩として与えられ、自然環境の厳しい中、その地を開墾したり、自給自足の生活の工夫を行う。
 しかし俸給は少ないため困窮すさまじく、藩の窮状を救おうと、川崎尚之助は、上司とともに函館に渡り、斗南で生産される“予定の”作物と米の交換交渉に当たる。現金に換える産物がまだないため、いわば先物取引に応じてくれる商人を探すのである。信用も交換すべき物産もなかったが、ある人物の仲立ちにより、幸いデンマークの商人と折衝をすることができた。
 仲立ちをしてくれた人物は斗南藩の商業担当者と名乗ったようだが、それは嘘偽りで、その人物は斗南藩とも会津藩とも関わりのない人物であり、しかも別の外国商人から多額の借金をしていた。そして会津藩が降り出した手形をその外国商人に渡していたため、商談が大混乱し、裁判にまで発展してしまった。
 さらに色々なトラブルが重なり、川崎尚之助は、それらを藩の命令で行ったことではなく、自分だけの思いでやったことだと供述し、やがて肺炎となり、39歳で亡くなってしまう。
 恐らく川崎尚之助は、日本全体の中でも相当優秀な人材であり(山本覚馬同様)、時と場所が異なっておれば、国全体に対しても相当な貢献をし、健康と幸せに恵まれた生涯を送ったと思われるが、残念ながらそうはならず、失意のうちに人生を終えざるを得なかったものと思う。

 1986年に放映された幕末の会津を描いたテレビドラマでは、川崎尚之助は「逃げた男」というような描かれ方をしたらしい。しかし、一昨年の大河ドラマ「八重の桜」では、開明的で男女平等的で思いやり深く一途な人物として見事名誉復活を果たした。
 川崎尚之助の資料は非常に乏しく、この人物像をつかむために、NHKスタッフもそうだろうが、今回読んだ本の著者も相当な苦労をなさったようだ。色々な史料に当たり、実家を探し当て、兄筋のご子孫にも協力を要請したり(兄筋のご子孫も川崎尚之助が縁者とはご存知なかったらしい)、執念の探索としか言いようのない努力をなさっている。

 ひたむきな努力と執念の取材・調査が実って、この本が世に出ることができたようだ。
 川崎尚之助について著者曰く「一にひたむきな努力が認められ、二にその素直な性格が会津藩に認められ、三に愛する八重に認められ、その思うがままに一途に尽くした人生だった。その最後も斗南藩の窮状を救うために一途に苦境と戦い、そして自身が暗黒星雲に飲み込まれるとも、八重や斗南藩を守るため、そのまま黙して昇華した。」
 兄筋のご子孫も曰く「本人は、後悔なんかはしていない、ただ私の真実の姿を皆に分かってもらって欲しいと言っているような気がする。」

 こういう人物たちが敗者の側にいて、それらを礎にしつつ、今日の日本の土台ができてきたということを感謝の念を持ちつつ、今年の大河ドラマを楽しみたいと思う。

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ラリー・ドレスラー著『プロフェッショナル・ファシリテーター』

 先達がSNSに投稿しておられたのに刺激をいただき、読んだ。
 著者は組織開発コンサルタントでありファシリテーターのラリー・ドレスラー氏。監訳を森時彦氏が務め、佐々木薫さんという方が訳している。

 ファシリテーションをやっていると、ミーティングが炎上することがある。
 そんな時、進行役はあせり、怯え、その場を収めようと躍起になるか、権力を使って頭から“反抗者”を押さえつけて議論を自分の都合のいい方へ持って行くか、大概どっちかの行動を取りがちになる。
 通常は上司が進行役ではなく、そのため前者が大半である。
 さて、炎上した時に上記のようにならないようにするために必要なことは何か。炎上をかわすテクニックについて書かれた本であろうかと思っていたが、どうやらそうではない。炎上した会議を乗り越えていくために必要なことは、テクニックではなく日頃からの肚の持ち様、心の持ち様が大切とのことである。
 
 心の持ち様について、6つの切り口で書いてある。(本では「6つの流儀」と紹介されている)
 1.自分の状態変化に敏感になる。
 2.「いま、ここ」に集中する。
 3.オープンマインドを保つ。
 4.自分の役割を明確に意識する。
 5.意外性を楽しむ。
 6.共感力を養う。

 私には、これら6つの心構えの中でも、特に「オープンマインドを保つ」というのと「自分の役割を明確に意識する」というのが参考になった。
 これらの心の状態であるためには、謙虚であること、知らないことを素直に認めること、自分は自分のためにこの会議の場にいるのではなく、会議参加者グループのためにいることを忘れないことが大切だということだ。
 要はファシリテーターたるもの、自分可愛い、自己防御本能から少し離れた心持ちで役割に徹することが必要だということだろうと理解した。
 実際に炎上した現場で、何事もないようにかつ真摯な態度を崩さずに振る舞えるようになるのは、そうそう簡単なことではないが、日頃の心の鍛錬(=自分の役割に対する覚悟と言い換えてもいいだろう)が大事であることを改めて学ばせてもらった。

小出宗昭さんの『小出流ビジネスコンサルティング』

 静岡銀行出身の小出宗昭氏の書かれた『小出流ビジネスコンサルティング』という本。
 小出氏は「富士産業支援センター 通称f-Biz」と言われる中小企業支援機関のセンター長である。
 “企業支援のカリスマ”などとも言われ、今や経済産業省のご意見番的な存在になっている。

 さてこの本は、近代セールス社という出版社から出されている。
 主に銀行員向けの業界誌や通信教育などを手がけている。
 そのためか、小出氏自身は既に銀行に籍は置いておられないと思われるが、語り口調は主に小出氏の後輩たる若き銀行員に向けて語られた「こうあって欲しい」「こうあるべきだ」「そのためにはこういう姿勢で企業経営者と接して欲しい」といった書き方になっている。
 もちろん銀行員以外が読んでもいいのだが、ご本人の出身母体や出版社の性質上、その辺は少し差し引いて理解しておけば混乱しなくていいような気がする。

 さて内容。
 コンサルとしては極めてオーソドックスな、定石について書かれた、コンサルのイロハ、であると思う。
 しかし、決して教科書的ではなく、小出氏自身が、銀行というどちらかというと、顧客企業と対等以上の立場にいらっしゃった所から、顧客企業と同じ目線、同じ立ち位置にまで降りてこられ(その間の葛藤はあったと思うが)、顧客企業の目線、さらには顧客企業のお客さんの目線からものを見、実際に知恵を出し相談相手に提携先の紹介をしたり新商品のネーミングを考えたりプロモーションの手伝いをしたりという、実体験に基づいた書き物であり、その点が、そこらのコンサル教科書本と大いに異なる点である。
 書かれていることはオードソックスで教科書的であるが、その背景にあるものがご本人が(恐らく)七転八倒してつかんだ、本当の体験に裏打ちされているので、単語ひとつ取っても空疎な感じがない。一つひとつの言葉に重みがあるので、すっと心に入ってきて、しかも残る。

 この本の中、どこを切っても生々しい血流が吹き出すような感じなのだが、当然全部は紹介できない。
 ここでは、私が特に重要だと思った3つの着眼点のうち、1つをご紹介するにとどめる。

 おしまいの方に、企業支援者にとって必要な3つの資質について書かれている。
 1.ビジネスセンス
  これすなわち、相談者(企業経営者)の真のニーズを引き出し、それを本人に自覚させ(教えるのではなく、自分で気がついた、と納得してもらうことがその後の本気の取組において極めて重要)、相談者とともにセールスポイントや経営課題を見出し、成果・解決に結び付けられる能力、のことだと定義されている。
 そしてそのプロセスには(1)課題発見と(2)アイディアの具現化が必要。
 (1)課題発見のポイントは①強みが明確か?②ターゲットの設定は適切か?③セールスポイントがターゲットに対して正しく伝わっているか、の3点。
 (2)アイディア具現化(つまり、企業の課題を解決するために取り組むべき事項)のポイントは①世の中のトレンドや顧客のニーズに対して自社の強みを適切に充てること、②現実的であること(実現できること)、③リスクを最小限に抑えつつチャレンジできる方法を考えること、の3点。
 2.コミュニケーション力
  ①信頼構築のための聞き出す力
  ②相互理解のために質問力
  ③経営者の行動を促すための伝える力
(世の多くのコンサル本では、「聞き出す力」と「質問力」などは言葉が似ているので、誤解されないように、往々にして違う単語を使ったりする箇所であるが、小出氏はあえて誤解を恐れず、類似の単語でありながら自分の言葉として使い分けておられる。このあたりが「千万人と雖も我往かん」の既成の権威を恐れずに猛進する小出氏の真骨頂が表れているような気がする。)
 3.情熱

 ということである。著書にはたとえば、ビジネスセンスを磨くにはどうしたら良いか、だとか、経営者から信頼される質問をするためには日頃どういう心掛けが必要か(上から目線の仕事の仕方に慣れている人は直しなさいね、と書いてある)、などについても平明に説いてあるのだが、ここではこの辺にしておく。
 基本的な内容ではあったが、実践に基づくという点が大変参考になった。
 コンサルタントも営業に忙しいビジネスパーソンも、日頃の鍛錬が大切なのは一緒だ。

田中啓文さんの『蓬莱洞の研究』

 ライトタッチのSF伝奇学園もの小説、田中啓文さんの『蓬莱洞の研究』。
 この人の本はいわゆるハチャハチャSFの系統に近い、というふうに思っている。
 例としては『蹴りたい田中』である。ヨコジュンこと横田順彌さんに作風が近いのかなと思っており、気持ちをほぐすSFとして前作などは読んでいた。
 こちらはしかし、伝奇とホラーが入ってきており、軽くはない。とは言え、田中啓文さんらしく、オチはしっかりダジャレでまとめていただいており、は? ・・・わははははははははははははははは、となること請け合い。
 言うならば、筒井康隆さんと横田順彌さんを足し合わせて、半村良さんと高橋克彦さんを少し振りかけたような味わいの学園伝奇SFものである。
 最近はホラー小説でヒット作を出しておられるようだが、私はあえてこの手のハチャハチャオヤジギャグシリーズを、今後とも応援したい。

出口治明さんの『仕事に効く教養としての「世界史」』

 著者は生命保険の世界では知る人ぞ知る立志伝中の人物、ライフネット生命会長兼CEOの出口治明さんである。
 歴史を学ぶことは、人間の営みを知ることであり、国の名前や年号を覚えることが主眼ではない。
 人々がどういう場合にどういう判断をしどういう行動をしその結果何がどうなったかを知ることだと思う。
 但し、色々な出来事や判断が全て冷静に客観的に理性的に行われてきたかというと、そうでないことが結構多い。
 例えば、民族大移動などは、どこそこへ行けばこういういいことがある、現地の人々と話し合って少し住む場所を分けてもらおう、などといって行われたわけではない。
 大方が気候変動によって作物が取れなくなったり、食用にしていた生き物がいなくなったりしたことが原因であろうし、移動先にいる先住民を蹴散らして住もうとしていたことが大半であると歴史は教えてくれている。
 そんなわけで、歴史の出来事は必然的な要素と偶然的な要素が絡まり合っているので、今同じシチュエーションがあったからといって同じ判断や結果にはならないが、学ぶべきところは多いと思う。
 また、世の中というのは常に流動しており、ひと時も固定的なことはないのだということも歴史から学ばれる点である。
 このことは既に鴨長明が方丈記で喝破していることであり、今さらここで声高に叫ぶ必要のあることではない。

 さて『仕事に効く教養としての「世界史」』は、上述したようなことを、世界史を概観しながら、しかも特定の地域や国に焦点を当てるのではなく、テーマを絞って、それにまつわる国々や人々を縦糸・横糸を駆使して、著者の知識と見識を語ってくれている良書である。
 単に世界史の知識を披歴するのではなく、歴史上の事象をを縦から横から関連づけて、著者の理解・解釈を交えて語ってくれているので、歴史好きにとってはおさらいプラス新たな知見を得ることができるという効用もあり、新しい解釈に触れることもできるので、とても楽しい。
 歴史はあまり好きではない人にとっては、人々の営みや外国の成り立ちの背景にこんなことがあったんだ、と気づく楽しみ方があるかも知れない。

 私にとって「目から鱗」だったのは、奈良時代の女帝たちには隣国のロールモデルがあったこと、焚書坑儒は実は墨家潰しだったのではないか、17世紀から19世紀前半までは中国とインドで世界GDPの半分を占めていたのであって最近の両国の勃興は歴史の大潮流からすれば波が再び戻ってきたようなことだとの認識などなどである。
 こういう知見は、まさに5000冊の歴史書を読んできた出口治明さんという「樽」の中で揺籃し、熟成させられたもののほんの一部であろうと思われる。
 ユーラシアの歴史における「トゥルクメン」、西欧の歴史における「ヴァイキング」など海と陸の移動系・遊牧系・狩猟系民族の果たした役割の重要性についても面白い語りがなされている。
 著者は、これらを紐解く鍵として、交易を置いている。「人類を発展させるための重要な手がかりは交易である」という考え方が著者の文明観の根底に流れているような感じがする。栗本慎一郎氏やカール・ポランニー博士などの考え方と共通しているのかも知れない。

 さて、では歴史を学ぶことの意義とは何か。
 著者は「人生の出来事に一喜一憂するのではなく、長いスパンで物事を考え、たくましく生き抜いてほしい」と仰っている。「今日まで流れ続け、明日へと流れている大河のような人間の歴史と、そこに語られてきたさまざまな人々の物語や悲喜劇を知ってほしい」「それが人生を生き抜いていく大きな武器になる」と私たちに語りかけている。
 本書でも言われている「縁もゆかりもない人々が<同じ国民であるという>植え付けられた国家という幻想」(米政治学者ベネディクト・アンダーソン)、ということも含め、自分たちの国や共同体や地域や親戚などの狭い領域だけに捉われた判断をせず、視野を広く持って考え、判断していくように、歴史に学ぶことはこれからも多そうだ。


村上春樹さんの『ねじまき鳥クロニクル 第1部』

 知人の薦め(?)で、村上春樹さんの『ねじまき鳥クロニクル』に着手。
 先日伊勢神宮に参詣した折の行きのJR車中で、「第1部 泥棒かささぎ編」のおおむね半分ぐらいを読み、その後は断続的にパラパラと読んできた。

 この第1部のおしまいの方にノモンハンでの軍隊の活動が書かれてある。
 そこまでの現代物語とはまったく様相を異にする内容で、妙な違和感があるが、この小説を書くに際して、著者はノモンハンのことを相当調べたようであり、してみると、村上春樹さんは、実はそれを強く言いたいのかな?と思う。

 特に興味深かったのが次のような記述である。(主人公が世話になった人の遺品を届けにきてくれた元軍人の回想話の中の一節)

 「戦線がどんどん前に進んでいくのに、補給が追いつかんから、私たちは略奪するしかないのです。捕虜を収容する場所も彼らのための食糧もないから、殺さざるを得んのです。間違ったことです。 (中略) うちの部隊でもやりました。何十人も井戸に放り込んで、上から手榴弾を何発か投げ込むんです。 (中略) この戦争には大義もなんにもありゃしませんぜ。こいつはただの殺しあいです。そして踏みつけられるのは、結局のところ貧しい農民たちです。 (中略) そういう人を意味もなくかたっぱしから殺すのが日本の為になるとはどうしても思えんのです。」

 この言葉が実態かどうかはわからないが、かのローマの戦争・・・周辺を攻めるけれども、人を殺すこと自体が目的ではなく、ローマ文明を広げ、それによって国境地域の安定化を図ることが目的であり、そのため恭順すれば寛容で迎え入れ、ローマ人と同じ権利義務も付与していく政策。また周辺の安定化のため、軍とともに、必ずロジスティクスを確保し(当たり前のことであるが)、コツコツと道路を建設し、医療施設や入浴施設なども一緒に建設して都市を作っていく・・・という営みと比較すると、なんということか、と思ってしまう。
 村上春樹さんはそういうようなことを訴えたいと思ったのかも知れない。

 まだ、第2部、第3部が残っているので、以上の見方は間違った捉え方かも知れないが、途中経過で感じたことを記しておきたい。

司馬遼太郎さんの『街道をゆく33 奥州白河・会津のみち;赤坂散歩』

 NHK大河ドラマ「八重の桜」・・・ここ何回か観ていないので最近の放映内容に疎いが、会津戦争の辺りから、そういえば司馬遼太郎さんは会津のことをどう思っていたのだろう? あるいは、会津についてどういう書き物を残しているのだろう?と気になっていた。

 私と司馬さんの接点といえば、中学3年生の頃に放映されたNHK大河ドラマ「花神」に始まり、幕末関係で言えば、小説、ドラマいずれも薩長土肥側から見たものだけだった。一度なじむと、人間、その方が居心地がいい。そのため、おのずと「会津は敵」という史観がじんわり自分の中に定着していた感がある。それはたぶん司馬さんの本意ではなく、たまたま歴史上の主人公を誰にして小説を書いたか、だけの話であり、彼の著書には「王城の護衛者」や「最後の将軍」「新選組血風録」など、倒幕された側の人々が主役のものも幾冊もある。ただ私がそれらを遠巻きに眺めていただけのことだ。

 さて、今年の大河ドラマは、そういう偏った私のものの見方を改めさせてくれている。ようやく妙な呪縛めいたものから解けて、司馬さんが会津をどう見、どう語っていたかを調べてみようという気になった。彼が比較的書きたいことを自由っぽく書いた紀行ものの一つに「街道をゆく」のシリーズがある。その第33巻に会津編が掲載されている。

 ゆっくり時間をかけて全文を読んだ。
 初めの頃、会津とはなんの関係もない(ように見える)ストーリーが延々と語られ、大阪を出発するまでに1章をかけており、その後も東京の話やら関東の話やら空海の話やら松尾芭蕉の話やら白河の関にまつわる話やら源融の話やら源義経の話やら源平屋島の戦いやらあっちへ行ったりこっちへ来たり、一体いつになったら会津が出てくるのか、やっぱり司馬さんは会津がきらいだったのかな?と読み止まることしばしば(ジョークではない)。

 しかし、中盤に来て会津徳一という奈良末・平安初期の旧仏教の〝知的豪傑〟の話が出てきて、これも幕末の会津とは関係がないのだが、そろりと「会津」という単語を入れた話を聞かせてくれたり、旧陸軍大将だった柴五郎の話(会津戦争で肉親が自害、その後会津の藩替えで、藩の人々とともに凍える寒さの斗南藩で大変な苦労をしたことなど)が紹介されたり、山下りんというロシア正教会の修道女のイコンの話があったりして、徐々に幕末の会津に近づく。

 今放映されている「八重の桜」にも重要なポジションで紹介されているが、会津藩家老だった山下浩という人物が明治後期に世に出した「京都守護職始末」という松平容保公と会津の人々の記録に筆が及ぶや、一気呵成に幕末会津の活躍ぶりやその後の仕打ち(悪役を仕立て、その悪役を倒すことで新政府が前政府に勝って天下を取ったということの正統性を示すための犠牲として扱われた)についての記述がなされている。江戸期における教育水準の高さ、純朴で他人のせいにしない悲しいくらいの潔さ、そういう会津人気質を司馬さんはガラスの風鈴を扱うようにいとおしんでいるように思える。

 「会津藩」という章を司馬さんは次のような一節で括っている。この一節の末尾、括弧書きの中に司馬さんの当時の会津の人々に対する哀悼と尊敬の気持ち、自分は大阪人だが会津の人々の悔しさ・無念さをわずかでも代弁できないものか、という葛藤の混じった思いがこもっているような気がする。
 <藩としての精度が高かったために、江戸時代、国事にこきつかわれた。・・・中略・・・この藩は北辺の各地に陣屋を設けて国家の前哨の役目をしたが、寒さのために罹患して死ぬ者が多く、いまも北海道やその属島に会津陣屋あとや藩士の墓がのこっている(このことについて、国家は一度も旧会津人に感謝をしていない)。>

今さらながら『中小企業診断士の資格を取ったら読む本』を読んだ

中小企業診断士の資格をいただいたのは、ちょうど西暦2000年4月。かれこれ13年も前のことだ。
今さら「資格を取ったら」というタイトルの本を読むのはちょっと変、ではあるが、将来的に資格をしっかり活かしていくことを考えると、今はどうなのか、という観点でもう一度しっかりと準備を整えておく必要がある。
そう考えて、この『中小企業診断士の資格を取ったら読む本』を拝読した。
この本は、私が中小企業診断士の受験勉強の時からずっと著書でお世話になっている、小林勇治氏と波形克彦氏の共編著である。
中小企業診断士の世界では超有名人、スーパースターのお二人である。著書も数百冊に及ぶのではないか。

一昨日から断続的に読み進め、今日終了した。
読み終えて、学ぶ点が山のようにあった。

特にハラハラした点は、この13年、なんとか資格を維持するための最低限の条件はクリアしてきたものの、診断技法・ノウハウといったものの自分の中での再履修がほとんど行われていないことである。もちろん新しい経営手法や財務分析のノウハウなどは多少身についたものはあるものの、基本の振り返りをしてこなかったことに改めて気付かされた。

というわけで、今後、年内は、中小企業診断士の知識・ノウハウを再履修すること、それから派生してITCのプロセスガイドラインもしばらく遠ざかっているので、コンサルタントの基本事項として再履修をしようと思う。
新しいことを積み上げていくことは極めて重要だが、土台がおろそかになってはいけない。
猛省した数日間である。その意味で私にとっては極めて有意義な書物であった。

私が猛省した、という点とは別に、この本に書かれてある重要なことをいくつか紹介しておく。
・この本は、著者たちの企業支援の経験に基づき、ミーコッシュ理論とダイヤモンドマトリクスメソッドいう考え方で整理し、書かれてある。
・診断士は、サラリーマンとは全く違うということを肚に落とし込み、サラリーマンとは全く違う哲学で行動しなくてはならない。
・生き様、行動基準、戦略ビジョンをしっかり持つ必要がある。
・その他、営業活動の仕方・心構え、研修や講演の準備、日頃の情報収集と整理、修得しておくべきコミュニケーション技法。
などなど、具体的で実践的な内容が盛り沢山である。大変たいへん参更になった。東京の素晴らしい先輩たちの素晴らしい著作だと思う。

堀公俊さんの『組織を動かすファシリテーションの技術』

ファシリテーターの基本技術集。ファシリテーターの良いダイアログ、悪いダイアログの事例中心に、様々な技術が書いてある。とてもためになる。使える。いい参考書だ。
さすが日本のファシリテーターの第一人者、堀公俊さん!

ファシリテーターの質問の仕方、セリフというのは、コーチングのそれと極めて似通っている。コーチングのスキルが相当流用可能だ。
図解(絵で議論を整理する技法)に関する部分では、まさしく経営コンサルの技法そのものといっていい内容だ。野口吉昭さんの色々な本で整理されている各種のチャートや図法と同じようなものが系統だてて用途に応じて書いてあり、これもいただきである。
今日の私自身の学びは、ズバリ、これである。<アイディアは切り捨てずに統合する>。ファシリテーションの世界ではずっと以前から当たり前に言われてきているが、会議の進行であっても、これはとても難しい。でも意識して<切り捨てずに統合する>はやっていかねばならないとあらためて感じた。ありがとうございます。

佐藤正浩さんの『会議は変わる!』

世に無駄な会議の多いこと、多いこと。
それらの会議の無駄、無理、ムラなどについて(本書ではそういう言い回しはないが)、とても科学的に合理的に解きほぐしたのが本書『会議は変わる!』(佐藤正浩著、東洋経済新報社)
あらためて、会議の3種類の目的、会議における問題点の原因、原因を除去し生産性を高めていくための方法、会議の設計やプロセスやインフラの列挙、会議の着地点などについて、豊富なチャートとテンプレートで構成されていてとても読みやすい本だった。ありがとうございます。

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