中小企業診断士 中陳和人の                 「夢をかなえるブログ」~目指せあの頂へ~

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ハチのムサシ

 今日は銀行業務検定試験の「営業店管理Ⅰ」という試験を受験した。
 金融機関の支店長や次長といったような人としての適性を問う試験である。
 180分、記述。
 目いっぱい。

 ハチのムサシ状態であった。

 難しく、かつ時間もなかった。
 サブプライムローン問題に関する基本的な常識を問う問題やジェンダーハラスメントなど、一般人でも知っている人ならラクラク答えられる問題もあった。
 しかしこだわり過ぎたのだろうか、金融検査マニュアルの中身を一生懸命に勉強して、一般常識がおそろかになって、トンチンカンな答えになってしまった。
 当然想定の範囲内であるべきであったが、抜かった。勉強不足を否めない。

 やはり、全く違う業界に24年もいて、金融業界にきてまだ4ヶ月も経っていない人間が受けるべき試験ではなかった。
 ということは最初からわかって挑戦したのである。
 だから勉強しがいもあった。
 また地域の中小金融業の支店長が知っておくべき知識やノウハウの範囲も大体わかって、大変楽しかったというのが正直なところだ。
 脳みそ全開で疲れたが、楽しく受験できた。

 会社の中での格付けを得るために、あと2ポイント必要である。
 この試験がだめだったら、次は1ポイントの試験を、来年6月までの間に2科目取れば良い。
 なんとかなるだろう。

 これでとりあえず受験生活は当面休止。
 長い2ヶ月だった。
 友人との約束も果たせていなかったことがあるので、勉強は少し一服してそちらに対してきっちり対応しなければと思っている。
 また妻との時間も全然とれていなかったので、日帰り旅行ぐらいはしたいなあ。
 読書も全然していなかったので、今度の3連休は少し身辺整理や小旅行や今後のスキルアップ、バージョンアップの計画などに進んで行きたい。
(次のテーマは速読術と記憶術。それを活用して、次の試験はらくらく通って、溜まっていた読書もガンガンやっていくつもりだ。少し準備期間はいると思うが)

 とにかく難儀ながら楽しかった受験生活に一旦ケリをつける。
 いずれにせよ、自分、お疲れさん!

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まず一つ合格

 10月8日に受験した損害保険募集人という試験は、本日合格通知がきた。
 とりあえず一つめの関門はクリア。
 

アート・ブレイキーとジャズ・メッセンジャーズ

 作家の原という人のエッセイ集に「ミステリオーソ」というのがある。(ハヤカワ文庫)

ミステリオーソ

 ご存知セロニアス・モンクの曲名でもある。
 買って久しく、遅読の私はなかなか進まないのだが、しばらくぶりにパラパラめくっていたら、その中にアート・ブレイキーについて書いたものがあった。
 曰く、1963年の1月にアート・ブレイキーとジャズ・メッセンジャーズが来日コンサートをやって、福岡で演奏していった、男たちの音楽だった、というものである。
 演奏した曲は「モーニン」やら「チュニジアの夜」やら「ブルース・マーチ」やらという毎度おなじみの曲たちである。
 へえーっと思った。

 私が生で演奏に接したのは、1985年か1986年の3月、たしか10日だったか。(たぶん1986年)
 名古屋に来たブレイキー一座だった。
 ドナルド・ハリソンやらテレンス・ブランチャードという当時新進気鋭の若手ジャズ・ミュージシャンを従えていた。(と思う)
 わざわざ41号線を車で飛ばして富山から名古屋まで日帰りで行ってきた。
 ジャズ大好き人間の先輩がいたからこその遠乗りだったが、疲れたけれどもサイコーにファンキーな夜だった。
 その夜もやはり「チュニジアの夜」「モーニン」「ブルース・マーチ」は定番で、でもどの演奏もどの演奏も、レコードでも生でもみんな違う。
 もちろん、名古屋コンサートの演奏もオリジナリティというか、インプロヴィゼーションというか、アドリヴがふんだんに利いていて、とても楽しくかっこよかった。

 そのブレイキーが私が見たよりも20年以上前に来日して同じ曲を、リー・モーガンやウエイン・ショーターらとともに演奏していたというのが、頭ではわかっていても(1985年当時既にこの道40年という、ジャズ界の長老格だったので)、人の書いたもので読むと改めて驚いてしまった次第。
 ミュージシャンでも一般にドラマーが一番長生きらしい。
 そして、一般的にはピアニストが短命ということだ。
 確かに、ブレイキーしかり、エルヴィン・ジョーンズしかり。
 一方ではビル・エヴァンス(p)しかり。(後はよくわからんが)
 その伝で行くならば、ブレイキーも長生きした方であろう。

 う~ん、最近、あんなファンキーなジャズは聞いてないなあ。
(ちなみに私の大好きなLPはこの「サンジェルマンのジャズ・メッセンジャーズ」というアルバム)



好天ながら在宅の二日間でした

 丸二日間、良い天気であったが、ほとんど家から出ず、勉強中心の生活であった。
 来週の日曜に「営業店管理Ⅰ」という試験を受けなければならない。
 そのための準備である。

 9月末からほとんど試験漬け、勉強漬けとなっている。
 過去2つの試験は、「越中富山ふるさとチャレンジ」という、地元の人間としての楽しみもあった試験、それと「損害保険募集人」という、一般常識でもある程度はわかり、しかも4択中心の問題であり、短い学習時間ではあったがなんとかクリアできそうな代物であった。

 しかし今回のは、極めて短時間。
 前回の試験が終わってからわずか3週間しかない。
 しかもレベルはこれまでの試験よりもかなり難しそう。
 なにせ範囲が決まっているようで、明確ではない。
 金融機関の出先営業支店の管理者向けの試験である。
 金融機関の人間になってまだ日の浅い私が受けるレベルでは、本来、ない。
 でもそれを受験することを決めたのは自分である。
 難しいことに挑んでこその勉強だ、と思ったからである。

 ・・・しかし、難しい。
 どうなるかはわからないが、次のこと(落第したときのこと)も考えておかなくてはならないなあと思う。
 まあ、もしもこれがだめなら、来年6月までの間にあと2つ、選択式の軽易なものを取ることができれば、求められている必要条件までは達成できることになる。
 簡単な道ではないけれども、営業店管理Ⅰよりはましだろう。


 ところでそんな状態の中ではあったが、今日書店にふらりと立ち寄った。
 ふと見た中に「転職したら1億円の損」というようなタイトルの新書があった。
 うん、確かに、普通は生涯賃金として見るならば、転職したらそれまでの退職金や企業年金などの積立がクリアされたりして、ゼロからの積み直しになるだろうから、利息のことなどを考えるとずっと勤め続けるよりは少なくなってしまうだろう。
 だから、私も安易な転職は決して勧めない。
 色々事情はあろうけれど、判断するための最後の材料は、自己実現というキーワードであるべきではないかと思う。

 私自身、今の職場は、前の会社よりも年間の総所得は少ない。
 上記の試験にそれぞれクリアして、来年の7月にそれなりの格付け(処遇)が得られれば前職の給与水準まで回復する予定だが、その前提条件が整わなければ、所得ダウンのままである。
 自信はあるが、リスキーであるとこは間違いない。
 それでも転進したのは、やはり前職のままでは自己実現は叶わない、新たな仕事に進んだ方が自分の夢ややりたい仕事に近づけられ、やりたいこともできるだろうと判断したからである。
 事実、今は試験勉強のためにあまり時間はないが、そもそも勉強する時間が平日でも30分から1時間ぐらいとれるという進歩、そして土日は会社に行ってメールチェックで一日費やすというようなこともないので、自分の時間がある。ものすごい変容である。

 まず時間が確保できなければ、会社だけの人生になってしまう。(毎日深夜勤務のとなっていた6月までの私はそうでした)
 それが自己実現である人は、それで良いでしょう。
 しかし、今の仕事とは別に、やりたいことがある場合は、ちょっと考え直す必要があるかも知れない。
 かと言って、何度も言うように、安易に転職することは勧められない。
 先立つものがまずあるだろう。そうそうキャリアアップなんてできるものではない、とまずは決めてかかるべきである。うまい話には落とし穴がある。自分でしっかり確かめなきゃいけない。キャリアダウンでもいい、但しどこまでダウンしていいか、一生涯のことと捉えて計算はしておいた方が良い。
 生涯所得が少なくなっても、あるいは日常の給料が減っても、それと引き換えにやりたいことがちゃんとできるか、そういうことに不満を持たずに新たな仕事に専念する覚悟があるか、自己実現の観点で見てどうか、ということではないだろうか、と思う。

 ちょっと、上記の本をパラパラと見たので、という感想まで。

経営相談会のこと

 今勤めている会社で、経営相談会というのをやっている。
 やり始めた、と言った方が正確である。
 9月にまず2回実施した。
 そのときは先輩に主体的に実施してもらい、私はサブの位置づけだった。
 その先輩は9月末で退職されたため、今後は自分自身でやらねばならない。
 事前に財務等の資料は一読しているものの、実際に経営者に会うと、必ずしも想像していた点が問題ではない場合も結構ある。
 しかし厳然として財務上の問題がある場合は、それは数字に表れているので間違いなくあるのであり、その点は経営者も納得せざるを得ない。

 金融機関が開催する経営相談会は、中小企業診断士として実践力を磨く上では大変良い経験になる。
 願ってもない仕事である。最高のOJTの場だ。
 今後引き続き相談会をどんどん実施させてもらい、力を磨いていくとともに、当然のことながら草鞋を脱がせていただいた現在の会社の企業価値を高めることにも貢献したいし、相談にお越しになるお客様企業にとっても有用な相談会にしたいと思う。
 まだまだ未熟だが、一歩一歩進めていきたい。
 富山県の発展のため、そして自分の夢の実現のために。

歯ぎしりと夢

 ここ2ヶ月ほど、歯ぎしりをよくする。
 大体朝方、目が覚める直前、というか、目が覚めると同時に歯をギシギシやっている。
 それと、妙な夢を良く見る。
 ほとんど覚えていない。
 しかしここ数年、いや生まれてこの方見たこともないような奇妙奇天烈な夢だ。
 なんだろう。と思う。
 考えても答が出るものではないだろうが、妙だなあと思っている。
 疲れかな。
 慣れない仕事での緊張感が原因も知れない。
 楽しいと思う反面、やはり緊張は続いている。だって単語がわからないし、やっていることの意味もわからない作業も沢山あるのだから。
 それはしょうがないし、起きているときはほとんど気になっていない。おいおい覚えていくものだと頭ではわかっているので。
 しかし心の奥底では、こんなわからん状況に置きやがって、と自分への反発が起こっているのかも知れない。
 そんなこんなの今日この頃である。
 変化があり、おもしろい。

名優緒形拳さんの死

 俳優の緒形拳さんが亡くなった。
 人は皆死ぬものであるが、また1人素晴らしい俳優を日本は亡くした、と思う。
 何がしかの影響を人々に与える人の死というものはそれなりにインパクトを与え、そして何かを失わせてしまうものではないかと思う。
 昭和の終わり、昭和天皇が崩御したときとほぼ時を同じくして、手塚治虫さんや美空ひばりさんら昭和日本の文化を代表する巨人たちが何人も相次いで亡くなった。
 あの時は、昭和天皇が同時代人を道ずれにしていってしまったような、時代が大きく変わる地殻変動のようなものを感じた。(そんなオカルトチックなことはありえないのだが)

 有名人の死ということでいえば、あの時以来のショックだ。

 緒形拳といえば、復讐するは我にありやNHK大河ドラマでの数々の主役脇役、藤枝梅安役を含む必殺シリーズでの殺し屋稼業の役など、数え上げればきりがないくらいに、色んな役を演じている。
 この人の特徴は、人の心の奥底の狂気を演じることができるという点ではないだろうか。
 太閤記での秀吉の演技も(竹中直人もすごかったが)、それ以外の色々な個性的な役も、どれも狂気、鬼気というものを演じきるという力があり、それが観る者を惹きつけるのではないかという気がしてならない。

 狂気や鬼気を演じきれる役者はそう多くはないと思う。
 怒りをあらわにする怒気ではなく、静かに、心の深いところに流れている暗い情念・・これは我々誰もが心の奥底に抱えているブラックな側面であり、人には皆一様にそういうものがあるのではないだろうかと思うのだが、そういう、内奥の暗い情念を深く静かに表すことのできる役者。
 それが緒形拳さんではなかったろうか。

 緒形拳さんのそういう演技が観る者を惹きつけ、見入ってしまうのではないかと思う。
 日本では、仲代達也さん、山崎努さん、海外ではクリストファー・ウォーケンとゲイリー・オールドマン。ほかにも怪優と言われる役者は何人もいるにはいるが、この人たちは図抜けていると思う。
 そういう中の数少ない1人である緒形拳さんを失ったことは大きい。

 黙してご冥福を祈りたい。
 ありがとうございました。

損害保険募集人試験

 いいこともあれば良くないこともある。
 どれも人生修行の過程だと思う。
 いいことだと思っていたことが結果的には後から良くない事態につながったり、つらくてつらくてしょうがないもういやだ堪忍してくれと思っていたことが後からしてみると自分にとってかけがえのない貴重な経験として役立ったり、と、人生の中で起こる出来事は本当に計り知れない。
 しかし、意を尽くして人にも仕事にも接し、最後はうまくいくというふうに楽天的に考え、自分を信じて行動していれば、良きこともまがまがしき悪しきことも、全て少し後には良い糧に変わっている・・・はずだ、と信じて今日も一日過ごしている。

 そんな悟ったようなことを言ってしまうのは、今日はちょっと辛いことがあったからだ。
 まあ、しかし、それはいい。

 損害保険募集人試験というのを今日受験した。
 先月の中ごろに会社から言われて受けることになった。
 金融機関に勤務していると、最近は自由化ということで色んなものを販売していかなくてはならず、その中の一つに損保商品がある。
 これを支店で販売するためには資格をもった人間がいなくてはならない。

 私は現在は臨時雇用社員のような立場であるが、やがて正式社員になって支店で働くことになったときのために、今からそういう資格をちゃんと取っておきなさいというのが会社の命令である。

 今日は富山駅北のボルファートとやまというところで受験したのだが、総勢140人ぐらいの人が受験していた。
 保険というと、若い女性が多いのかなと思っていたらさにあらず。
 老若男女、とまでは言わないが、男女半々ぐらいだった。
 女性は総じて私よりも若めに見えたが、男性はそこそこの年配者もいて、自由化というものの影響を感じた。
 問題は結構難しかったが、常識で当たりそうなものも三分の一ぐらいはあったろうか。
 まあ、やはり試験なので、常識で解けるものばかりでは困る。
 私もフォトリーディングのトライアルも含め、10時間ぐらいは勉強した。
 結果はもちろんわからないが、感触としてはいけるのではないかと思っている。
 とにかく、これで二つの試験を終え、やれやれという気持ちである。

 さあ、この次は月末の営業店管理のⅠとかいう試験で、これはなかなかの難物のようである。(マークシートじゃなく筆記だし)
 しかし、これも別に満点をとらないと合格できないわけではない。7割で合格なので、その水準に達するよう、過去の問題や予想問題などを整理しながら勉強していこうと思う。
 その後は、生命保険の募集人やら証券外務員やら、もういくつかのステップがあるが、全部クリアしていくぞ、と思っている。
 とにかく、まずは仕事の水準を、前からこの会社にいるプロパー社員と同程度以上にあと3ヶ月ぐらいで引き上げて会社からこの人間を採用して良かった(安い買い物をした)と思ってもらえるような貢献をすること、並行して自分の希望する処遇にしてもらうための資格をとること、同時に会社が求める資格を取得すること、これらを後半年ぐらいの間にやり遂げなければならない。
 それができると確信をもって進む。

松原みきさんのことについて

 昔、松原みきという歌手がいた。
 アメリカ軍のキャンプなどで歌っていたのを世良譲というジャズピアニストが発見し、メジャーデビューしたということだったと思う。
 デビュー曲は「真夜中のドア」。
 当時私は大学1年だったか、2年だったか。
 最大のヒットは「ニートな午後3時」という曲かも知れない。
 資生堂の口紅か何かのCMソングに起用され、街頭でもよく流れていたものだ。

 大学4年の春に、当時在学していた中央大学の学祭にお越しになり、受験勉強そっちのけで歌を聴きに行った覚えがある。屋外ステージで1時間も歌ってくれたろうか。実物も素敵な歌手だった。

 それから幾星霜が流れ、テレビで昔のヒット歌手などが出て最近のヒット曲を歌う番組があり、杏里や麻倉未稀などが出ており、ほぼ同じ時期に「三人娘」ではないがそれぞれ結構売れていたという記憶があるので、そろそろ次は松原みきさんが出るかなと心待ちにして毎週見ていたことがあったが、私の知る限りではついに出場されることはなかった。

 今年になって、もう4年も前に亡くなっていたことを知り、愕然としたものだが、10月7日の命日を前に、最近YouTubeでも松原みきさんの映像(http://www.youtube.com/watch?v=O9LFEgd04Jk&feature=related)を投稿されている人があり、それに対するお礼の投稿や「初めて聞いたけど上手だ」といった書き込みなども沢山あり、数十年前の歌手で、しかも杏里などと違って際立ったビッグヒットもなかったが、自分と同じように今でもファンだという人が沢山いることに、また驚いている。

 最も活躍しておられた1980年代は、レンタルレコードを聞くのがせいぜいであったが、当時は全部のレコードを聞いた覚えがある。
 彼女の歌は、今聞いても全然新鮮で今風で、妻なども「少しも古くないね」と言う。
 これからもずっと元気で活躍してあのグルーヴィーでスインギーな歌声を聞かせ続けて欲しいが、それは叶わぬ夢だ。
 作詞者、作曲者たちのセンスの良さ、松原みき自身の歌唱力、どれも時代を超えて生きているし、これからも私の記憶には残していきたいと思う。


(アマゾンで検索したら驚いた、復刻版か何かわからないが、十数種類出ていた。どれもいいアルバムばかりだが、一つ紹介)

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