中小企業診断士 中陳和人の                 「夢をかなえるブログ」~目指せあの頂へ~

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吉報、恐報、夢報

 その1 吉報。
 昨日だったか一昨日だったか、子どもを安心して生める環境作りが必要だということを書いたが、今日の朝刊に良い知らせが載っていた。
 総務省の政策らしい。
 産科や小児科への助成金を増額するというもの。
 周産期医療に1床当たり244万円を配分している特別交付税を355万円に、小児医療は96万円を135万円に、それぞれ4割以上増額するということらしい。
 とりあえずは2009年の地方交付税での支援策らしいが、当面の間続けて欲しいものだ。


 その2 恐報。
 恐報なんていう日本語はないのだが、電機大手が大変だ。
 日立が7千億円の赤字、NECは2千900億円の赤字で2万人超の人員削減をするとのこと。ソニーの1万6千人を上回る削減数だ。
 これが地域の下請や孫請にどういう影響が出るか・・・。

 我が古巣の大手通信会社も、積年の競争激化・合理化・売上低下のため、数万人規模で人員削減をしてきた歴史を持つ。これは大変なものだった。初代社長は生首は切らないと言っていたが、それから数年後以降、ずっと生首を切ってきた。社内のモラルは低下し、やってもやらなくても一緒じゃないかという空気が蔓延していった。さらに業況が悪化したため、10年ほど前に50歳以上の社員に対して一律30%の賃金カットをするという大手術まで行った。モラルダウンはさらに度を増した。

 今、日本の各大企業はそれと同じような道を歩んでいるような気がする。
 中堅、中小企業も同じだ。
 あちこちで人員削減という話を聞く。妻の同僚のご主人も解雇されたらしい。
 大企業は、今年は我慢して損益分岐点が下がっても内部留保で凌げないものか。
 そうすれば、中小企業への余波もある程度は少なくて済むのではないか。
 このままでは失業者が満ち溢れ、日本は本当にだめになる。
 

 その3 夢報。
 奈良県の桜井市の話。
 日本最初の官道と言われる、山の辺の道というのがある。
 その道中、卑弥呼の墓ではないか、とのうわさもある「箸墓」と呼ばれる古墳がある。
 正史的には、「倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめのみこと)」の墓だと言われているが、ほんとのところはわからないようだ。
 私も一度出かけたことがあるが、箸墓自体はちょっと鬱蒼とした雰囲気はあるものの、田園地帯にぽかっと浮かんだ小さな丘という感じで、周囲との違和感、そこだけ変、というような感じはなく、でもなんとなく特殊なエネルギーを放っているような感じは受けた。
 内田康夫氏は「箸墓幻想」という本を書いている。(テレビにもなったがこれだけ見逃した。残念!)

 で、その箸墓がある辺りの<纒向(まきむく)遺跡(2世紀末~4世紀初め)>を、桜井市が本格的に学術調査する、というニュースだ。
 確か箸墓自体は宮内庁の管理下にあったと思うので、一自治体の判断で発掘などはできないのであろうと思うが、是非、失業された方も多いことだし、沢山人を雇って、大々的に発掘作業をして欲しいものだ。そして、日本のよくわからない古代史を少しでも明らかにして欲しいものだ。
 (ああ、急に、飛鳥鍋が食べたくなってきた・・・)


 おまけ。
 今日の日経新聞に載っていた話。
 三菱重工業が、アメリカの電気大手GEと重電分野で提携するとの記事だ。
 原発においてはライバルだったらしいのだが、この際色々一緒にやろうやということで、重電事業で提携する基本合意をしたらしい。
 火力発電所向けのタービン開発やら原発向けのタービンなどもやっていくとのこと。
 三菱重工業は、二酸化炭素の回収などといった環境技術は世界トップレベルらしく、長谷川慶太郎さんも書いているが、こういうような分野では、もはや日本の技術を除外しては考えられないことらしい。GEもたぶん、三菱の技術を活用しなければこの先はないと踏んで提携に踏み切ったのではなかろうか、と思う。
 日本の技術が世界へどんどん、さらにどんどん展開していくというのは良い知らせだ。

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本当に国家百年の計が必要ではないか

 今の国会で議論されている話らしいが、妊婦の健康診断無料化というのがあるらしい。
 二次補正か2009年度予算のことかは不勉強でわからない。
 いいことだ、と思う。
 しかしそんなもので子どもは増えない。
 増えても高が知れている。
 そんなことでは根本的な少子化問題の解決にはつながらない。つながるはずがない。
 我が魚津市では、ここのところ産婦人科医院がどんどん減っている。今や1軒ぐらいしかないのではなかろうか。
 ウチの子が生まれた20年近く前は5,6軒あったように記憶している。
 むしろ増えていたようにすら思う。
 が、それからどんどん廃業やら鞍替えやらが進み、今やたったの1軒である。
 元産婦人科だったところも、老人病院だけになったり、婦人科のみだという状態だったり。
 こんなことでは安心して妊娠などできるはずがない。
 なぜ産科が減ったのか、その理由までは調べていないが、まず女性たちが安心して妊娠でき、安心して出産でき、安心して子育てができ、安心してまた働ける、という基盤を整備する必要があるのではないか。
 もちろん、では戦国時代はそういうセイフティネットがあったか、と言われればそんなものはなかっただろうし、安心して出産でき、なんて、戦争の真っ盛りに安心して出産できる状態など、これまでの歴史にそもそもなかったのかも知れない。
 しかし産婆さんもおらず、産科は5万人の町に1軒では、とても不安で子どもを作ろうとは思えないのではないだろうか。そんな町に誰が住もうか。
 まあ、これは魚津市だけの問題なのかも知れない。
 全国の産科の数を調べてから発言した方がいいのかも知れないが、産科は儲からないし大変だし看護士さんも集まらない、一方老人ホームは成長市場だ、ということならば、算術に長けたお医者先生方は、自然とそちらに流れていっても不思議じゃあるまい。
 という流れを改めるのが行政ではなかろうか。
 それが、国が健全な成長をしていくための「国家百年の計」ではなかろうか。(教育もちろんしかりだが)

農業従事者と光触媒の新製品

 今日のニュースから。

 農業への転職者がやはり増えているようだ。
 しかしその一方ですぐに辞めてしまう人も多いらしい。
 ある養豚場の話を今日のニュースで紹介していた。
 1年ほど前に4人の従業員を雇用したが、初日に一人出社せず(においがいやだとの理由)、何ヶ月か後に一人、きつくていやだと辞め、半年後にさらに一人、責任を持たされる仕事はいやだ、と三人辞め、現在残っているのは一人だけ、という状態。

 やはり、農業への転職は、なかなか定着するものではなさそうである。
 経営者からすると、折角面接して採用して色々仕事を教えて愛情をもって接してきたのに、とガックリだという気持ちだと思う。
 だけど、昨日も書いたように、何人も応募し実際に転職してきても、全員がそのまま残るような人たちではないだろうと思う。
 ずっとやる人たちならば、むしろ最初から農業を選んでいたはずだ。
 途中から来る人は途中で辞めて行っても不思議はない、と心の準備を一旦はした上で、採用し、愛情をもって接して、去ってしまえばそれはそれでやむをえないと思わざるをえないのではないだろうか。
 しかし、そうした営みの中で、残ってやっていってくれる人がいれば儲けものである、くらいに思って取り組んではどうだろうか。
 件のニュースで紹介されていた事例も、一人はしっかり残って「今がふんばりどころだ」とインタビューに答えていた。

 農家の皆さん、心して人を採るべき時期です。
 農家へ転職しようという皆さん、腰掛なら腰掛だとはっきり宣言して面接に臨むか、しっかり勤めようと思うならば、生半可な気持ちではなく、農業に一生を捧げる神聖な気持ちで農家の人に接し、うまく認められ採用されたら、それこそその人に感謝して、本気で後を継ぐつもりで仕事に取り組むようお願いしたい。(どうしても合わなければしょうがない、もう一度採用してくれたおとっつぁんに本音で相談してどうするか決めれば良い、間違っても家出するような後足で砂をかけるような恩を仇で返すような真似だけはゼッタイしないでいただきたい)

 もう一つ。
 光触媒の新作が開発されたというニュース。
 これまでの光触媒は太陽光線が必要だったが、NEDOの予算で大学の先生やら企業やらが協力して作った新しい光触媒(酸化タングステンに銅を加えたものらしい)は、蛍光灯の光で汚れを除去してくれるすぐれものらしい。インフルエンザ菌なども殺菌してくれるとのことだ。
 アルカリに弱いなどの課題はあるらしいが、三年後ぐらいには実用化されるのではないか、とのことで、企業では、昭和電工やパナソニックなどが一緒に取り組んでいるらしい。
 しかしすごいことだ。
 それが実現すると、私の古い家などもきれいになるのかなあ。随分世の中きれいになると思う。カビなどもイチコロではないか。
 日本の技術がまた一つ、世界をリードする。

農業への転職や如何

 農業には昔から思い入れがある。
 自ら自足するくらいの食料を生産していきたいという思いを高校生の頃から持っている。
 だが現実的にはサラリーマンになってしまい、もちろん我が家はサラリーマン家庭でもあったので、農業を営みながらという選択肢はそもそも存在していない。
 が、なんとか将来農業もやりながら生きていく(せめて畑だけでも)という思いは相変わらず強いものがある。

 さて最近、建設業の仕事量減少に伴う、農業への参入支援めいた話があったり、一方で農業への参入は現実的には法律的な制約が大変多く、おいそれと建設業者が入れるものではないという話も聞く。そんなことだから、経営相談を受けても、ちらっと言葉には出したりするものの、現在建設業を営んでいる経営者に対して、安易に「農業へ参入されたらどうですか?」とは言えない。

 しかし、このところのとんでもない不況で、職を失う人たちが増えており、彼らの目が一部は農業に向いている、というような話を聞く。
 いや、実態は、職安に行ったら農業からの求人があったので、当面食うに困らないように門を叩いてみた、というのが大方のところかも知れないが。
 いずれにしろ、後継者不足の農業界にとっては、一筋の光明かも知れない。
 農業などまったく考えていなかった人たちが、急に仕事がなくなったから仕方なしに農業でも、という感覚で働き始めても、自分には合わない、と言ってパッとやめてしまう人も多いかも知れない。
 にしても、これまであまり見向かれなかった仕事に、何人かの人がやってみようかという気になるとすれば、それだけでも大きな変化だと思う。
 今農業を向いている人たちは、景気がよくなれば結局去っていくかも知れないし、それまで持ちこたえられずに、三日で飽きちゃう人もいるかも知れないが、それでもゼロよりははるかにましであり、10人来て1人残れば良し、というくらいの気持ちで面接をし、採用してみられたらいいのではないだろうか。

 こちらで人手不足でこちらで大量に余ったから、人員のアンマッチ解消だ、なんて安易にものごとが運ぶはずは到底ないし、自らホワイトカラー職や一定の拘束時間での仕事を選んだ人たちが、好きでもないであろう農業、天気が急変したら時間構わず世話をしなければならない農作物の仕事、に移れるかというと、そんな右から左へものをずらすような簡単なわけに行くわけがない。
 のだが、若干の、アンマッチ解消にはなるかも知れないし、現在のいびつな労働構造の解消や、大きくは食糧自給率の向上にもつながるかも知れない。
 もっと言うと、我が国の素晴らしくおいしい米を<戦略的輸出産業>に育てる担い手が現れたりするかも知れない。

 私自身が農業へチャレンジする意思は、今はない。今やっている仕事が楽しいからであり、当面の安定所得を得ていられるからである。
 そういう意味では高みの見物であり、職を失った人たち、担い手がおらずこの先どうしようかと思案しておられる農家の人たちに対しては大変失礼な文である。
 が、思うことは上記のことなどである。
 金融機関としては、そういう、働き手を見つけることができて、機械設備を更新しようかと思っている農業者に対して、応援できることはしたいな(融資のことである)、それが私の属する業界の今のビジネスチャンスではなかろうか。但し、農家への国の補助や融資というのは、JAあたりを通じてかなり手取り足取り色んな施策があるそうだから、市中金融機関など出る幕はないのかも知れない。

 ま、そんな発想になってしまっているのが、今の私の状況。ちょっと寂しい思考回路になってしまったが、とにかく、この状況を奇貨として、なんとか、日本の農業の再活性化につながったらいいなあと心から思っている。
 できれば場当たり式、天から行幸が降ってきた、ではなく、この状況を捉え、戦略的に長期的国家的ビジョンを持って、どなたか為政者の人たちの旗振りで、本気で農業に転職し、農業を活性化していくことにつながるような取組を期待している。

 ガンバレ、ニッポン!

おかげさまでアクセス数1000件達成

 先日、アクセス分析という、このブログ提供者(FC2)のサービスを組み込んだ。
 そのしばらく前に、結構人気のある、ある友人のブログにリンクを張らせてもらった。
 アクセス分析については、どういう時間帯にご覧いただいているのかな、とか、初めてご覧いただく人が何人ぐらいいらっしゃるのかな、とか、どのページをご覧になったのだろうか、などが表示されるサービスである。
 それを組み込み、同時にアマゾンのアフィリエイトを組み込み(契約してから2年以上経つのだが、ようやくそういうことをすることができた・・・あまりにも忙しかったのだ)、さらにさらに、アフィリエイトのやり方を書いた本に載っていた、Googleやその他の検索サイトに我がブログの紹介を載せておいて、検索したらヒットしやすくする、という登録まで一気にやった。

 すると、それらの結果か、最近アクセス数が一気に増加し、昨年4月に開設してからかれこれ8ヶ月ちょっとが経過するが、去年の年末までのアクセス数がおおむね800弱。1ヶ月で100件ぐらいだったのが、この3週間ぐらいで200件を超え、とうとう今日1000件を突破した。
 つまり、上記のような仕組みを入れたことで、それまでのアクセス状況の3倍ぐらいのスピードで見ていただいているということである。あらためて、インターネットの様々な仕組みの効果に驚いている。

 ご覧いただいた皆様、大変ありがとうございます。
 日々つれづれに思ったよしなしごとを、我が成功への道のりと合わせて、心のおもむくままに書き連ねている駄文集であるが、誰かが見ている、ということが励みになって、8ヶ月経過しました。
 これからも自らをブラッシュアップしつつ、成功体験やそのプロセスや日頃の思いなどを述べて行きたい。
 ふ~ん、とかいう感じでご笑覧いただければ幸いです。

 アクセス数1000件達成に寄せて。

富山の二大激震とジョン・コルトレーン

 富山県の3区から、KNBアナウンサー(元?)の相本さんが立候補することになった。
 小沢さんがわざわざ足を運んで要請に来ていた以上、既に話はついていたのかも知れないし、そうでないかも知れないが、いずれにしろ、大変な人気者が立候補することになり、3区は大変な激戦になるのではないかと思う。
 富山県民にとっては、ラジオで名パーソナリティの声が聞けなくなるという寂しさがあるが、民主党が、また相本さんが相当の決意をしていることを感じる。

 もうひとつ驚いたこと。
 北日本新聞という地元のマスメディアの雄である新聞社で今日定例の取締役会があり、現職の社長が突如交代するという決議がなされ、本日付けで新社長が就任することになったそうだ。
 我々庶民とは直接関係のない社長交代だが、急な話なのでなんとなく驚いている。

 そんな、自分とは直接関係のない話にあーでもないこーでもないと思いをめぐらしつつ、久しぶりにジョン・コルトレーンの「Blue Train」を聞いた。相変わらずいい曲である。

聖徳太子暗殺事件

 ずっと昔に聖徳太子は暗殺されたという話を聞いたことがある。
 小学校6年生の時だったか、それより後だったか・・・。
 小学校6年生の時というのは、聖徳太子という人物のことを教わり、私が歴史に目覚め、その後の歴史にのめりこむきっかけを与えられた瞬間であった。
 その時に蘇我氏が喜ぶ「むっふっふ」だから622年、聖徳太子が亡くなった年、と教わった。
 それが聖徳太子は暗殺されたという話と結びついて、蘇我氏が裏で糸を引いていたのだなと思い込んだ瞬間もあったかも知れない。
 しかしその後、初めて石舞台に行った時に、瞬時に蘇我氏は悪人ではないと思い、傍証しようと思っていたら、次から次へと蘇我氏善玉論のような研究書やらエッセイやらが雨後のたけのこ、とは言わないが色々出てきて大いに溜飲を下げているところである。

 そんなこんなで時間が過ぎ、今日風呂に入っていて、ふと、聖徳太子暗殺事件というテーマのSF小説を書こうと思い立った。
 完成は何年後になるかわからないが、「日出ずるところの天子が日没するところの天子に書をいたす。つつがなきや」なんて手紙を送ったものだから、隋の煬帝が怒って暗殺団を送り込んだ、というような内容を基軸に置きたいと思っている。
 で、関連情報を集めようとネットを調べたら、あるわあるわ。
 聖徳太子暗殺論のオンパレード。
 これじゃ、今さら小説を書いても、たとえそれがSFでも、二番煎じどころか、「へっ、また古代史もののありきたりの聖徳太子か」と鼻で笑われて終わりかなと、ちょっと萎えつつある。
 が、一通り色々またゆっくり見てみて、是非チャレンジしたいと思っている。
 坂本龍馬や織田信長の小説なども、次から次へとどんどん出てきているではないか。
 聖徳太子も、SFなら何度登場させてもいいでしょ。(学究ものや時代考証を要するものではないのだから・・・)



冬型が少し緩んで・・・

 今日は富山では冬型が少し緩んで、昨日と比べると暖かい日になった。
 と言っても6度ぐらいだが。
 天気予報では午後から雪になると言っていたが、今のところそれほど降ってはいない。
 むしろ、午後の早めの時間などは青空が出ていたくらいだ。

雪の翌日

 昨日と同じ木々の写真である。
 樹上の雪はすっかり消えてなくなった。
 日射しが当たるところはこうなる。

 さて今日の午後は、このところ首回りや腰が痛かったこともあり、久しぶりに中国遼寧省出身の人がやっているマッサージに行ってきた。
 年末に出産されたようで、赤ちゃんは実家(中国)から来てもらっているお母さんに見てもらっているらしい。旦那は中国にいるとのことなので、単身日本にというか、日本で出産までしてそのまま子連れ状態で働きに、という感じで、中国遼寧女性のたくましさを感じる。

 さ、これで凝りがほぐれ、ストレスも緩和されたところで、健康にいい水を飲みながら、アルコールはもうちょっと辛抱して、明日以降の諸事に備えてこの後もパワーアップに努めよう。

<当面の課題>
・銀行業務検定 財務3級の試験勉強
・今年と向こう10年の計画策定
・財務健全化の必要性を感じない経営者を、わかりやすく説得する方法
・金融機関職員に必要なコーチングスキルの整理(具体例の作成なども)
・ITコーディネータの資格更新要件の整備と申請
・会社の仕事(6項目)
・積もっている本との格闘
・引き出し整理

久々の雪と禁酒

 夕べから雪がしんしんと降り、今朝は20センチぐらい積もったろうか。

雪

 今も雪は降り続いている。
 大寒が2,3日前だったのだから、当たり前の天気だが、最近は雪が降ることが少なくなったので、車の運転などもかなり慎重になる。

 さて1週間前の日曜日からアルコールを断っている。
 今週水曜日の人間ドックに備えるのが目的だったが、その日の見立てγ-GTPが111という高い値だったため、もう一回調べてもらおうと、昨日まで引き続きアルコール断ちを継続した。
 今日は朝から近くの内科に行き、血液を採ってもらった。
 ちなみに血圧は136の78。
 まあまあというところか。
 その後ジムに行くつもりだったが、他に用事ができたことや、雪の始末も多少しなければならないことなどもあり、また次回にすることにした。

 ともかく、寒い。

映画、演技の持つパワー

 昔、アル・パチーノ主演の「スカーフェイス」という映画を観た。
 アル・パチーノは成り上がりの麻薬商で、恋人役にミシェル・ファイファーという女優が出ていた。
 アル・パチーノのような大物はちょくちょく色んな映画に出てくるので顔なじみだが、女優の場合、パッと出て泡沫のように消えてしまうというか、二度と日本でお目にかかることがない女優も結構いる。
 ミシェル・ファイファーも、大変きれいな女優ではあったが、「スカーフェイス」以降お目にかかることがなかった。

 さて映画の不思議。
 ミシェル・ファイファーは、元々街娼だったのを、大物の麻薬商人が自分の彼女にして、それをさらにアル・パチーノが奪ったという役柄で、そのアル・パチーノが今度は落ち目になり、ミシェル・ファイファーが家を飛び出して街に戻ってしまう、その先は誰も知らない、といったような設定だったように思う。後姿がやけに印象的だったような気がする。
 そんな映画の中の印象が、そのままミシェル・ファイファーという女優の印象になってしまっており、ああ、彼女はその後見てないが、きっと「街に戻って行った」んだろう、と思ってしまうわけである。
 いや、そんなことはないはずであり、女優なのだから、ましてやアル・パチーノの映画の重要な脇役を演じたほどの女優なのだから、色々なテレビやコマーシャルや舞台や、さらには映画などに出ていて不思議はないのだが、日本に住んでいてアメリカの女優など見る機会がない者としては、映画のワンシーンがそのまま現実だと錯覚してしまうところがある。

 そんな風に感じてしまうのは私だけかも知れないが、映画が現実とオーバーラップしてしまっていた。それくらい、やはり俳優の演技というものが真に迫っていたのではないかと思う。(くどいようだが、そんな風に感じたのは私だけかも知れないが)

 そんな、嵐の中に飛び出していって二度と普通の世界には戻ってこないであろうと思っていたミシェル・ファイファーが私の目の前に現れたのは、いつのことだったか、ハリソン・フォードが悪役を演じた「ホワット・ライズ・ビニース」という映画があった。亭主に殺されてしまった奥様の役だったように思う。さらにその後、大阪単身時代、行き来のサンダーバードの中で観た「アイ・アム・サム」である。7歳の知能で止まってしまったショーン・ペン演じる知恵遅れの男が娘を児童養護施設から取り戻すために協力する弁護士の役だったか。これはかっこよかった。
 ・・・というような、役者の仕事をしていることを知り、ああ、女優だったんだ、と思った。
 それくらい「スカーフェイス」の中での縁起が真に迫っていたということかも知れない。

 ちょっと調べると、これらの他にも随分日本にもなじみの映画に沢山出演していることがすぐにわかる。う~ん、まだまだ映画観てないなあ・・・。

飲み水の研究その2

 日曜からアルコール断ちをしている。
 水曜の人間ドックでγ-GTPの値を少しでも正常に出すためだ。
 しかし案に相違して「111」という大きな値だった。
 ネットでちょっと調べたら「100を超えたら医者に行きなさい」と書いてあった。
 本格的にアルコール絶ちをしなければならないかも知れないとも書いてあった。
 だが、アルコールが原因とは限らないとも書いてあった。
 要はよくわからないのだ。
 
 とはいえ、今週の土曜日に近くの内科に行って血を採ってもらうことにした。
 そのため、もう少しγ-GTPが減るように努めねばとは思う。
 そこで、昨日も今日もアルコールは摂取していない。

 その代わり、水を飲んだ。
 今日はフランスのContrexとイタリアのFilette。
 前者は硬度がなんと1468mg/L。
 カルシウムとマグネシウムが豊富に入っていると書いてある。
 確かに硬い感じがする。(気のせいだろうけど)

 後者は硬度が209mg/L。
 古代ローマ皇帝が、この水を首都で飲むために90kmの水道を引かせたというくらいに昔から愛飲されてきたものらしい。
 これも硬水だ。

 というわけで、もう1種類、富山県の入善の水を飲んだ。「秘境黒部天然水」というものだ。
 先日のと同じボトリングだが、違う種類の水で、硬度が57mg/L。
 こちらは飲みやすい。
 これまでの中では一番飲みやすい気がする。

 もう3種類買い置きしてあるので、また明日以降飲んでみる。

オバマ大統領と人間ドックと富山県に大激震

 今日は会社を一日休んで、日帰り人間ドックに行ってきた。

 一方でオバマ氏がアメリカの第44代大統領に就任した。
 思えば衆議院選挙で自民党が敗れて細川政権が誕生した日も私は会社を休んでいた。
 別にどうということもないが、世の中の変わり目、節目に、忙しい職場を離れて比較的冷めた目線で世の中の動きを見られる状況に、一瞬でもあれるというのはありがたいことだ。

 ドックの結果はまだ全部がわかったわけではないが、一番気になるのがγ-GTP。いつも大変高い値で、毎回アルコール性ナントカだとか、肝機能障害だとか言われるが、精密検査をするとなんということもない、という状態であった。
 毎晩遅くても缶ビール350cc一本は飲んでいるが、量は多くない。元々肝臓の消化力が弱いのかも知れないが。大阪単身生活のときは意識的に居酒屋で晩御飯を食べつつもアルコールは誰かと一緒になったときに限っていた。富山に帰ってきてからの2年間は、仕事が大変で、ストレス発散の意味もあったのか毎晩350ccを一本ずつ飲んでいた。結果、ほとんど休肝日を作れなかった。去年の7月以降は週一回ぐらい空けるように努めてきたが、あまり変わり映えはしないと思う。
 ということで、今回は少し気合を入れて、三日間アルコール絶ちをして臨んだ。

 しかし、結果は「111」という値で、基準値をオーバーしている。
 う~ん、なかなか下がらないなあ。

 面接に当った医師曰く「いつもどういう病名を言われますか?」
 えっ?病名?病気だなんて言われたことはない。肝機能ナントカの可能性というような言い回しで言われたことはあるが、先生、よくある名前を2、3言ってもらえませんか?
 「たとえば、肝臓がんだとか」
 この医師、とてもイヤな奴である。
 彼は「肝臓がん」という言葉を発するなり、押し黙って私の目をじっと覗き込んだのである。
 まるで人が狼狽するのを楽しもうかとするように。
 その後も「あなたと同じようなデータの人が以前いました。γ-GTPの値だけが高く、それから精密検査をしたところ肝臓がんで、それも末期で、それから1ヶ月ぐらいで亡くなりました。」
 「いずれにしろ肝臓専門の医者に診てもらって“病名”を明らかにしてもらった方がいいでしょう。保険に入れないかも知れませんしね」
 「今日私の手元のデータだけではなんとも言えません。ありとあらゆる病気の可能性があります」
 人を恐怖に陥れようとしているのか、悪い話しかしない。 
 しかもこちらの質問にはまるでとりあおうとしない。
 人格的に問題があるのではないか。人としての暖かみが全然感じられない。爬虫類よりも冷たい感じがした。
 こういう医師には初めて会った。
 K市民病院のT医師・・・さすがに名前は書かないが。
 おかげで、他にも気になる大腸ポリープのその後のことや便が二日連続ではなく、昨日の朝と昨日の夜の二回分だけで良いでしょうか?といったようなちょっと気になる話は全然できず仕舞だった。

 幸い、長年γ-GTPの高い値とは付き合ってきており、精密検査も何度も受け、その都度なんにもないという結果だったので、こちらとしてはこのいけすかない医師が具体的な根拠なく脅かそうとも、狼狽はしないだけの冷静さをもっていたのが救いだ。
(と言いつつも、もう数日断酒して週末に医者にいってこようかな)

 血圧は上が130の下が89。下がまだちょっと高いが、1年ほど前から比べると幾分低く安定してきたのではないかと思う。

 一方富山では、KNBという地元民放の名アナウンサー(県民の間ではヒーローとまではいかないが相当の有名人で、人望もある(ように思う))の相本芳彦という人が、小沢民主党代表から直々に出馬要請を受けた。
 そのアナウンサーが受け持っているラジオ番組がウイークディの午後0時半から4時頃まで毎日やっている。営業などで外回りをしている人は相当お世話になっているのではないか。
 今日、人間ドックを終え、食事に行こうと車を乗っていたら偶然0時半を迎えた。
 「KNBからのお知らせです」という女性の声で「相本パーソナリティの出馬要請の結果が固まるまで、生放送に出演させることを自粛します」という社の方針と、番組名も「コンビニラジオ相本商店」ではなく「相本」という部分をカットした番組名で行きます、という説明をしていた。
 番組が始まると、二人の女性アナウンサー(一人はピンチヒッターかな?)が「コンビニラジオ マルマル商店!」って言っており、おおっすげえ、早速「相本」の名を消してスタートなんだ、きっちりしてるなあと思った。

 う~ん、確かに、公共の電波を使って、もしかすると選挙に出るかも知れない人が生出演すれば、それがイコール特定個人の政見を後押しするようなことに受け止められかねないし、番組名に候補者(になるかも知れない人)の名前が入っていれば、「候補者名の連呼」を支援するのと同じことになり、これまた特定個人の選挙への肩入れ、と映る危険性があり、やむない措置であろうかと思う。
 聴取者や相本アナウンサーのファンの心情を考えると、お便りやFAXやメールなどで「頑張ってえ」と言いたいしそのメッセージを紹介して欲しいところだろうが、それをやっちゃあおしまいだろうな。
 さすが賢明な判断だと思う。
 しかし、平日の昼間3時間半ものラジオの生中継の時間帯をごっそり空けてしまうようなパワーなのである。
 富山県中大きな激震が走ったと言って差し支えないのではなかろうか。
 選挙区としては、3区という、一部地域だけのことだが、ラジオの影響を考えると県下全体に影響が及ぶし、KNBとしても看板アナというレベルを超えた存在だけに、影響は大きいと思う。


オバマ新大統領関連:ネットニュースの内容に驚いた

 間もなくアメリカでオバマ氏が新大統領に就任する。
 就任演説に期待と注目が集まっている。
 といったようなことをパソコンのキーボードに打ち込んでいる人が世の中に大勢いることだろう。

 しかし演説に期待が集まるというのも不思議なもので、日本では「演説に期待」するというようなことはあまり聞かない。
 してみると、アメリカの場合、大統領の演説というのは、そのまま政策につながり、実行可能性が極めて高いので、自分たちの生活や福祉や物価がどうなるのか、ということに直結するため、演説内容に皆注目するということなのだろうか。
 日本では、首相の演説内容には「関心」は寄せられるものの、「演説に期待」という表現はあまり使われないような気がする。議院内閣制のため、首相が「こうだ」と言っても大統領制と比べると実現可能性が低いからか、それとも今の日本の政治では期待薄だからか。

 ところで、今日ネットで見たニュースの中に驚いたものがあった。
 オバマ氏が大統領に就任した翌日に、イラク駐留軍の16ヶ月以内の撤退を指示する「予定」だ、という記事だ。
 就任の翌日に指示する内容が、就任前から流されているということに驚いた。
 さらに、それに向けて国防総省が既に準備を「進めている」というのだ。
 まあスムーズに移行できるよう、色々事前に連絡しているということなのだろうけど、「就任の翌日に指示する」ということが、就任前に報道され、しかもそれに向けた準備が既に進められている、というのがなんともオープンな、アメリカらしいといえばアメリカらしい気がする。
 日本の官僚制では、事前に色々準備をしていても、そこまでオープンには語られないだろうなあ。

 ということで、あと1時間半ほどで就任式なのだろうが、こちらは深夜なので、これにて就寝する。

飲み水の研究その1

 会社の取引先に「飲料水」を製造・販売している会社がある。
 製造というと語弊があるが、要は地下から汲み上げて、多少の処理をしている、というのが製造プロセスであり、工業的に合成したりなんとかということではない。
 その会社が手がけている水は、大変健康に良く、味もいいと社長が言っていたので、試しに飲んでみようと思い、いくつかの水を買ってきて、少しずつ飲んでいる。

 差し当たり昨日から今日にかけて、
①イタリアの水
②富山県入善町の汲み上げ&海洋深層水の合成版
③カナダの水
の3種類を飲んでみた。

 イタリアの水と入善の水の違いははっきり言ってよくわからなかった。
 しかし、カナダの水は、一口飲んで工業的な味がした。
 入善の水はつるっと入っていく大変柔らかい味覚だった。

 と、色々やっているうちに、硬水とか軟水とか書いてあるものの違いが知りたくなった。

 水の硬度は、カルシウムとマグネシウムの含有率で表されるらしい。
 多いほど硬く、少ないほど軟らかいという位置づけになるそうだ。

 区分   硬度
 0~60 軟水
60~120 中程度の硬水
120~180 硬水
180以上 非常な硬水  単位:(ミリグラム/リットル)

 ちなみに、②の入善の水は硬度「140」ということらしいので、硬水の部類に入るのだろう。
 ちょっと意外だった。
 つるっと入っていく感じからして、軟水だろうと思い込んでいたので。

 さて私の大好きな、上市・穴の谷の霊水は、というと、硬度が「5.1」という極めて軟らかい軟水である。ほとんど鉱物系の成分が含まれていない。そんな中にあって、不思議と「ゲルマニウム」という特殊な成分が含まれており、これはフランスのルルドと、日本の青森の山吹のご神水とかいうところにしか、後はないらしい。体の有害な水素を運び出してくれるものらしい。

 というような薀蓄を学びつつ、あまりおいしくはなかった③カナダの水の硬度を見てみると、なんと「1.18」と書いてあった。えっ?超軟水?・・・味と硬軟はあまり関係ないらしい。(ラベルには確かに「超軟水のためすっきり爽やかな飲み口・・・」と書いてあった)

 あと7本、買い込んであるので、ちょっとずつ、飲み進めて行こう。

子供は受験、親は飲んだくれ?

 今日は長男の大学入試センター試験の日。
 朝送り出してから、私は妻と買い物へ。
 富山のグランドプラザに行き、以前から一度行ってみたかった「ラーメン祭り」へ。(名称は違うかも知れない)
 今までは確か富山城址公園でやっていたように思うが、今年は屋根のある場所に変えたのか、昨年からそうなのかはよくわからない。

 私は沖縄のソーキそばが食べたくて、本当はイタリアンに行きたがっていた妻を口説いて出かけた。
 九州の黒豚ラーメンや博多のとんこつラーメンの屋台は大変な行列だったが、沖縄そばのところはほとんど列がついておらず、すぐにありつけた。
 皆、沖縄そばの魅力がわからないと見える。うっしっし。

 さてその後、折角だからということで、地下食品街でお酒を買った。
 ぶどう酒である。
 加藤和彦さんがやっていたサディスティックミカバンドの古い歌に「どんたく」という素晴らしいロックがあり、その中で「ぶどう酒を飲もうよ、・・・今日はどんたくの日(だから)、温めて(飲もう)。」という歌詞がある。
 ずっとその歌詞が頭にこびりついていた。友人のKが学生時代にその意味を「ここでいうぶどう酒というのは赤ワインのことなのだ」と教えてくれ、しかし、では日常的に赤ぶどう酒を温めて飲むようなシーンがあるかというと、なかなかそんな場面はなく、というような次第で、ずっと、ぶどう酒を温めて飲むということをしないでこの47年間生きてきた。しかし頭の隅にはびたっとこびりついていた。

 で、今日、大和のデパ地下。
 <温めて飲む用のワイン>というPOPのついた「ブルーベリーワイン」があった。
 一瞬迷ったが、今日がチャンスだ!と思い、妻に頼んで買ってもらった。カマンベールチーズも一緒にだ。

 そして長男を迎えて帰ってきてから、しっかり2杯いただいた。
 実にうまかった。
 長男は23時頃には早くもダウンで寝てしまった。(本人曰くは「仮眠」らしいが、朝までの「仮眠」だろう)
 さもありなん。慣れぬ本番の試験だし、明日もあるのだ。頑張れ。すまんが親父は酔うて寝る。

セレンディピティについてちゃんと書く

 幸福の女神に後ろ髪はない、という。
 セレンディピティという言葉を最近目にするが、それも似たようなことかも知れない。
 勝間和代さんの本にセレンディピティ(Serendipity)という耳慣れない言葉が書いてあった。
(『勝間和代のビジネス頭を創る7つのフレームワーク力』ディスカバー・トゥエンティワン刊)

 偶然力とか偶発力とかいう意味らしい。
 もう少し詳しく言うと、偶然の中でチャンスを発見する能力、らしい。
 あてにしていないものを偶然うまく発見する能力、というような受身的な捉え方もあるようだ。

 このセレンディピティについては、ここ1年ほど、そういう偶然にいくつも出会い、うまい具合にキャッチできているのではないかなと思う。

 具体例を一つ。
 ある会合にプロの司会者をお願いすることになった。
 任意の集まりであり、しっかりとした予算があるわけでもない。
 そこで、ツテを頼って、プロのアナウンサーの方を紹介してもらった。
 ご本人のプロフィールを送ってもらった。写真入りだ。
 しかしながらご本人とはすぐに会うわけにもいかない。
 会合本番まではまだ4ヶ月もあるからだ。
 まあのんびりやっていこうと思っていた矢先。
 紹介を受けてから1~2週間経っていただろうか、たまたま出席した大学のOB会(卒業してから初めての出席なので、20数年ぶり)で、司会進行をしていた女性がいた。
 私の席は巨大な広間の最後部のため、司会者がどこで何を喋っていても、外国のような感覚だったのだが、ふと遠目に見える顔になんとなくピピッとくるものがあった。
 名前が思い出せない。
 会場の係の人に、今日の司会者はどなたでしたっけ?と聞いてしまった。
 係の人曰く「なんのたろべえ」さんです。
 あ、そっか、友人に紹介してもらったアナウンサーの人だ!
 それで終われば「ただの偶然」。
 そこからがセレンディピティの真骨頂の発揮である。
 合間を見て、司会席のその方のところまで行って、自己紹介をした。
 友人から聞いておられるかも知れないが、今度あなたに司会をお願いしたいと思っている××と申します。
 あ、聞いてます。
 いやあ、お仕事中にすみません、云々。
 というわけで、直接名刺交換をさせていただいた。
 その場は先方は仕事中、こちらは酒飲み中であり、我々の司会の打合せをするような段では当然ないわけで、またの打合せを約してすぐに下がった。
 しかしその偶然の出会いがあったおかげで、その次の打合せの段取りも、打合せ自体も大変スムーズに行った。

 こういうような偶然がこの1年、いくつかあった。
 偶然を偶然として何にもアクションを起こさなければそれだけのこと。
 いや、アクションを起こしたことでトラブルが発生することもあるだろう。
 しかし、誠実にその偶然に相対し、いくつかのことを心がけておれば、自らのアクションに対し、天も味方してくれるのではないか。と、そんな気がする。

 先ほどの勝間さんの本からの引用。
「予期せぬ出来事はどうしても起こる。起きたことを常に最大限活用しよう。
 偶然力を生かすために何をすればいいか。
 一つは好奇心を発揮すること。
 つねに機会を見つけて、新しいどんなことがここで学べるのか、できるのかと、ワクワクしながら周りを、機会を模索すること。
 二つめが持続性。(あまり深刻に考えず)適当でもいいや、続くものが一つでも残ればいいやと呑気にかまえつつ、でもめげずに続けること。
 三つめが楽観性。できる可能性があるのであれば、実現可能なこととして、実現するにはどうしたらいいかを考え抜くこと。
 四つめは柔軟性。言ったことが変わっても良い。新しい材料が手に入ったら、概念、態度、行動が変わってしかるべき。
 五つめはリスクテイキング。リスクをとって果敢にチャレンジすること。迷ったときはリスクをとる方向で考える、そのように動くとものごとがうまく進む。」

 星野仙一も言っている。「迷ったときは前へ進め」と。
 ただし、偶然のチャンスというのは、それに気づくかどうかという本人の神経の問題がある。
 日頃、どれだけ準備をし、期待をし、周囲に目配りをしているか。キョロキョロ落ち着きなくあたりを気にしている、ということではなく、どっしり構えつつも、神経を集中して注意を怠らないというような態度である。

 再び引用。
「偶然のチャンスというのは十分準備をした中で初めて出てきて、そこで偶然に「ああ、こういうことなのか」と、答が向こうからやってくる」
 ということで、偶然のチャンスを生かすための三つの基本テクニックと四つの実践方法。
「三つの基本テクニック。①偶然のチャンスを生かす、②与えられた情報の中からつながりを見つける、③無理に格好をつけない。
四つの実践方法。①良いチャンク(知識やアイディアなど)を集める、②つねに観察し続ける、③なるべく魅力的な人々に会う、④つねに周りをポジティブな視点で見る。」

 書き出したらきりがないが、ユングが述べていることもそういうことかも知れない。
 世界中の無意識が、実は深層心理の底でつながっている、というようなことである。
 強く願っていたら、助けが向こうからやってくる、というような話もある。
 オカルティックな話は好まないが、いずれにしろ、偶然ということはあるものであり、先日講演を聞いた成岡秀夫氏も「たまたま」の出会いをちゃんと生かすことが事業の成功にもつながるというような話をされていた。私の周りの事業家も「たまたま」「偶然」のチャンスをものにして成功を収めている人が何人もいらっしゃる。
 偶然を大切に。そのために日頃から夢を持ち、夢に向かって努めることだ。
 天は自ら助くるものを助く。
 セレンディピティ。


 セレンディピティに関する参考図書をもう一つ。
 水野俊哉著『成功本51冊 もっと勝ち抜け案内』(光文社)(この本を読もうという人は、オカルトと現実の区分をちゃんとできる人であることが条件です。誰にでもお薦めできる安易な成功本ではありません。取り扱い要注意です。)

昔の仲間との飲み会

 わけあって、前の職場の後任の人と会うことになった。
 ところが、ちょっとしたトラブルのために当の本人は来られず、その人の上司(私の元上司でもある)と、代わりに会うことになった。
 今日はその人々の職場の新年会で、私が会う予定の時間はもう終わり頃だったので、解散して元上司と、あと一人二人がいるかな、と思いつつ行ったところが、ほとんどの人が残っていて、まあ宴たけなわ状態ではあったが、元の職場の飲み会に乱入するような形になった。

 ありがたいことに、皆さん暖かく迎えて下さった。
 あやうく締めの挨拶までするところだった。(さすがに、外部の者だから、と丁重にお断りしたが)

 皆、明るく、思いやりのある人々で、ギスギスしたところはない。(と感じた)
 確かに、通信事業というのは、通常の民間企業と異なり、景気の影響を受けにくい。従って、世間の常識とは少しずれる必然性を持っている。
 それは業種の特性なので、やむをえないと思う。越えられない壁だし無理して越えるのもおかしい。無理して世間と歩調を合わせても、どこかで無理が見えるだろう。
 そこに属する人々は、そういう環境の中で、人や世間と交わり、その中で目標をしっかり持ち、自己実現に向け、自分をブラッシュアップしていってもらえればいいと思う。

 久しぶりに昔の仲間や上司と酒を酌み交わすことができ、ありがたいひとときだった。
(後任のIさんには悪いが)

成岡秀夫氏の講演を聞いて(再録)

 先週の土曜日に仲間と一緒に開催した「とやまキトキトBIZねっと」での成岡秀夫氏の講演内容を整理したので、少し詳しめに紹介したい。(講義の順番ではなく、筆者が内容を編集したので、一部意訳も入っている)

 まずは講師紹介。(後ろの写真はたぶんビル・エバンスです。講演の最中の写真にはあまりいいのがなかったので、懇親会の写真を持ってきました。少しアルコール入ってます)

成岡秀夫氏

 京都府在住の中小企業診断士で、大学卒業後、三菱レーヨンを経、親族の経営する出版社の経営に携わり、そこで大成功と倒産という大きな挫折を経験し、さらに色々な経験を積んで中小企業診断士として独立し、今は自分の会社を持ちながら、再生支援協議会でのアドバイザーなどをしながら幅広く企業の指導に携わっておられる方である。
 著書に『デキル社長のスピード仕事術』(同友館)という、タイトルはとても軽いが、中身はずっしり重いものを著されている。

 さて内容。

1.再生支援協議会の仕事をして
(1)まず経営者に対して「どうして経営が傾いたのか」を問う。
  ⇒客観的に見た根本的な原因を語れる経営者はほとんどいない。
   皆、うまくいっていた頃の話からしか始めない。
   「銀行のせいで」とか「環境が変わったから」とか自分以外に責任を求める経営者が多い。
   自分の会社を客観的に見ることができないことが、そもそもの転落の始まりである。
   うまく行っていた時の「成功体験」に固執している。同じことが何度でも、どういう環境下においてもうまく行くと思っている。
   うまく行ったのは、その時の環境下でのことであり、いつも成功するわけではない。
   成功した次の瞬間からその成功は忘れなければならないのに、それに固執すると失敗する。

(2)次に「あなたの会社は一体どういう会社なのか」と尋ねる。
  ⇒ほとんどの経営者は、事業の内容や売上(PL)を語ることはできる。
   しかし、再生対象の企業の経営者の多くは、その事業を通して<そもそも>何をしたかったのか、会社の存在価値は何なのか、ということについてはあまり語れない。

(3)再生に向けた検討において「今の資産はどれだけあるのか」を聞く。
  ⇒やはりPLは語れるが、資産がなんぼあるのか、は把握されていない。
   有効な在庫がどれだけあるのか(どれだけが不良資産、不良在庫なのか)も把握していない。

(4)経営者にとって一番大事なことは何か。
  ⇒自分が経営していく上において、一番大事な価値観はなんなのか、<そもそも>この事業をなんでやっているのか、それを語れることが大事だが、その<そもそも>の価値観がぶれている。
   経営者は、立ち返ることのできる原点を持っていることが大事。
   迷ったらその原点に立ち戻って自問自答する。それが企業理念、経営哲学。それがぶれている経営者は再生も困難。しかし、それを思い出させることができれば、その経営者自身による再生も不可能ではない。

2.今の厳しい経済情勢の中、経営者は何をすべきか
(1)固定資産より、社員教育など人的投資を重視してほしい。
  (自身が経営に参画していた出版社は、儲かった時期に京都のど真ん中に自社ビルを購入し、その借入の返済ができず、かつ同じ柳の下の二匹目、三匹目のどじょうを求めて失敗し、資金繰りに行き詰って倒産した。人の頭とペンさえあれば良い出版社が不動産を手に入れたところが転落の始まりだった)
(2)花が咲かない時期は、植物は根を張る。不景気のときこそ、今までできなかった大事なこと(社員教育など)、当たり前のことをきっちりやるべきである。
(3)一番大事なことは継続すること。継続は能力である。

3.暴走するトップを取締役会が追認機関とならないための方策
(1)堂々と正論を言うこと(私利私欲からではなく)。
(2)もののわかったNo2を置くべき(少し年上の家老が社内にいるか、その人の話を社長が聞くか)。
(3)親子であろうと兄弟であろうと空気や雰囲気で決めず、会社をどうするかの観点で行動すること。
(4)私心ではなく、役員の責任とは何か、を基準に考え行動すること。

4.社内のコミュニケーションを円滑にするための上司のやるべきこと
(1)話し合い、本音でフランクにものが言えるコミュニケーションを心がけること。
(2)そのためには、形式ばらず、日常的に誰にでも声をかけ話をすること(会議は形式)。
  ※盆栽すら育てるためには声をかける(まして人においておや)(土光敏夫)。

 以上である。
 ちなみにその講演は、富山商工会議所という以前は富山市で一番高い建物だったところで行われた。
富山商工会議所

七瀬ふたたび

 昨年11月頃にNHKのBS-HIでやっていた「七瀬ふたたび」というテレビ(10回シリーズ、各45分程度)を録画して徐々に見ていて、昨夜最終回を見終わった。

 ご存知筒井康隆さん原作の人気SF小説が原作であるが、古くは多岐川裕美さん、水野真紀さんが主演するなど、何度かテレビ化されている。(私の知らないドラマ化もあると思う)

 高校生の頃は筒井康隆フリークで、当時出版されていた全ての文庫本を読んだ覚えがある。
 何が面白かったか、と書き出すと切がないのでやめるが、「七瀬ふたたび」は「家族八景」に始まり、「エディプスの恋人」で終わる七瀬三部作の真ん中の作品である。

 今回のドラマ化は蓮佛美沙子という人が七瀬役を演じていたが、 紺野美沙子さんや原田知世さん、小西真奈美さんなどにも共通する透明感のある女優だと思った。

 ドラマの最後は、原作と同じで、主人公も含め、仲間が全員(ほぼ全員)死んでしまうという結末で、原作を知らない人は「ええっ? なんで主人公まで死んじゃうの?」と、ドラマの制作者を恨んでいるかも知れない。
 私も原作を読んだ時には、以外な結末に悲しい思いをした覚えがある。
 しかし、不思議ではあるが、その後の「エディプスの恋人」では確か全員が復活していて、元気に生きていたように思う。
 当然主人公の七瀬も普通に暮らしている。でなければ第三作は成り立たないのだが。

 ということで、ネットを見ると色んな人が今回のドラマ化で書いているようだが、私も久しぶりに連続ドラマを見たので、ついコメントしたくなった次第。
 で、普通「三部作」などというと、前後の作品をドラマ化して不思議はないのだが、これまでの「七瀬」の経験から言うと、続編はなぜか作られない。
 関心のある方は、新潮文庫か筒井康隆全集をご覧下さい。面白いですよ。(ものによってはハチャメチャですが)




2ヶ月ぶりのジム

 デブ状態を脱し、4月のしんきろうマラソンでとりあえず5㎞走るため(初出場)、2週に1回はジムに行くぞと決めてだいぶん時間が経つ。
 昨年は色々資格試験の勉強があり、時間がとれなかったのが実情だ。
 今年は、行くぞ、と新たな気持ちで臨もうとしている。

 今日は午前中子供の用事やら諸手続きやらで朝からバタバタしていたが、昼頃ようやく時間が空いたので、2ヶ月ぶりにジムに行ってきた。ありそドームという魚津市の運営している体育館である。

 ランを20分とエアロバイクを10分。
 たっぷり気持ちのいい汗をかいた。
 日頃運動している世間の人から見ると、笑うしかないくらいの運動量の少なさではあるが、2ヶ月ぶりだし、しばらく運動らしい運動もしていなかったので、こんなものだろう。
 今後、なるべく2週に1回は通おうと思っている。

 ま、ボチボチやっていこう。

オバマ新大統領の演説

 昨日立ち寄った書店で偶然『オバマ演説集』が目に止まり、買ってしまった。

オバマ演説集

 人を魅了するすごい演説だと聞いていた。
 同じ韻を何度も踏むとか、声の質がバリトンで心地よいとか、色々言われている。
 テレビでちょっとだけ見ていてもよくわからない。

 ということで聞いてみた。
 明らかに違うのは、2004年の少しアルト調の声質と、2008年の低音が響く声質の違いである。
 別人の声かと思うくらいに違って聞こえる。

 まあそういうことはいいが、途中泣けてきた。
 英語などわからないが、なんだか魂を震わすような響きがあり、自分でも驚いている。
 CDを聞きながら、訳文を見ながら、ということをしてはいたのだが、英語がそのままわかるわけではもちろんない。
 なんだろう?
 アメリカは分断されようとしているが、実は一つのアメリカで、白人の国と黒人の国とヒスパニックの国とアジア系の国なんかがあるわけではない、一つの合衆国なんだ、自分たちアメリカ合衆国の国民はもっと色んなことができるんだ、と重ねて言っている。
 しかしべき論だけを言っているわけではない。税金を何に使うかどれだけ使うかという具体的なことも言っている。
 が、国が分断されている、という印象を持っているときの国民に必要なのは、一体感とか自信とか誇りといったものではないかと考えたとき、この人の主張は、その思いに渇望している人たちにとって大きな力になるのではないかと思った。
 それは、アメリカだけではなく、我が日本にも必要なことではないか。
 誇り・・・これはとても大事なことだ。
 一人ひとりの人間にとっても、国民という大きな単位の人々の共通の価値観にしても、また企業で働く仲間にとっても。

 オバマさんの演説がなぜこれほど大衆受けをし(ちょっと表現が下卑ているかな)、不利だと言われていた選挙戦を勝ち抜いてきたのか。
 そのヒントは、失望しかかっている人々に、自信と誇りを持って生きていくことを思い出させたからではないか。
 う~ん、我が国の政治家や経営者にこういう人が出てこないものか。
 部下を言葉で叩きのめす上司や他党をこけおろす政治家ばかりでは、社員、国民は自信喪失、うつになるばかりで、誰も力を合わせてこの大変な状況を立て直していこうとはならず、自分の権利や主張や生活を守ることだけに汲々としてしまうのではないかなあ・・・。

 モチベートということについて考えさせられたCDであった。



異業種交流勉強会「とやまキトキトBIZねっと」新春セミナー大成功

 昨日は、「とやまキトキトBIZねっと」という勉強会兼異業種交流会の開始1周年を記念しての「新春特別セミナー」があった。
 そもそも、主宰者のN氏が何人かの中小企業診断士や税理士に声をかけて仲間を募り、一緒に勉強会をやらないか、と誘ったのが始まりである。
 勉強会のイメージは、メンバーだけではなく、メンバーの知り合いや、知り合いじゃない人も含め、何か、今までとは違った出会いや刺激や気づきを求める人たちが気軽に集える会にしたいというようなもので、その主旨に賛同した、ほぼ同年輩のメンバーで運営をしている。

 通常は、毎月第二土曜日の午後3時半から、富山駅北にある「サンフォルテ」という公営施設の会議室を借りて2時間の勉強会をやっている。
 毎回色々な分野の人が講師を務めて下さり、1時間のプレゼンの後、お茶などを飲みながらざっきうばらんに講師への質問やら参加者の自己紹介やらをやっている。さらにその後、都合のつく人は、場所を移して(近くの居酒屋で)懇親会をやっている。この会のコンセプトは気軽に参加でき、来る者は拒まず去る者は追わず、ということで「敷居の低い勉強会&異業種交流会」と銘打っている。そのため懇親会もだらだらやらず、1時間きっかりで終わることにしている。これが継続する秘訣だろう。

 さて、この会も始めて1年が経過するということで、発起人であるN氏から、例月とは違うことをやろう、と昨年の8月頃に提案があった。
 してみると、かれこれ4ヶ月ぐらい準備をしてきたわけだが、例月のセミナーとは異なり、記念講演やパネルディスカッションをやろうということになり、京都で中小企業診断士として活躍している我々の先輩である「成岡秀夫氏」をメイン講師に迎えたり、司会はプロの人にお願いしようということになって、人づてに片野優子さんというフリーの名アナウンサーに頼んだり、とかなり気合の入ったものとなった。

BIZねっと1周年記念セミナー


 結局運営メンバーを含めて49人という多くの参加者を集めることとなった。
 企業経営者あり、個人事業主あり、サラリーマンあり、独立志望者ありと、様々な人が集まったわけだが、今回つくづく感じたのは、どの人も、ほとんど「たまたま」知人に誘われて、という感じで、たまたまのご縁で集まったというケースが大変多かったことである。
 縁というのは不思議なもので、本当に「たまたま」の重なりである。
 パネルディスカッションでも「色んな人に助けられて今日がある」というような話があったが、それにしてもやはり「たまたま」のご縁で、知り合った人が助けてくれた、ということもあった。もちろん、本人がそれを望んでいて、日頃誠実に人付き合いをして、という積み重ねや願望があって初めてそういうチャンスもつかめるものだと思うし、今回集まった人たちも、何か機会があればそういう場に出て知り合いを増やしたいとか、チャンスを待っている人たちなのではないかなと思う。

 それともう一つ。
 「そもそもなんなのか」という根源的な問いを常に持っていなければならないという話である。これはメイン講師の成岡氏が語っていたことであり、企業経営においても極めて重要な問いかけであるのだが、私も経営相談会の真似事をやっている中で色んな経営者の方とお話をするが、その「そもそも」何の為にこの事業をやっているのか、という問いに即座に答えられる経営者とそうでない方では、話の深みや真実味において大きな差を感じる。それがまた業績にも反映してくるのではないか。

 偶然の出会いを大切にし、はぐくみ、自分もそうだが相手にとっても何か役に立てるようなコミュニケーションを深めていく・・・こういうことが人を支えていく大切なものではないか、と思う。
 感謝。

 「とやまキトキトBIZねっと」のブログ:http://blog.livedoor.jp/kitokitobiz/

セレンディピティについて

 セレンディピティについて書こうかと思ったが、ちょっと遅くなったのでまたにする。
 世の中、色々不思議なめぐり合わせがあるものです・・・。

腹回りは今日も・・・

 昨日、新年初日でズボンのベルトがきつかった。
 ためになるべく歩くようにしたが、今朝も同様、きつーい朝だった。
 幸い天気が悪くないので、駅から会社までの片道15分は行き帰りともに歩くようにしている。
 明日も曇りということで、この季節にしては歩きやすいようなので、引き続き、極力体を動かすようにしよう。
 とにかく21日の人間ドックで、「あんた! 前より不健康になったじゃない!」とだけは言われないようにしなくては・・・。
 さあデブ2日目がふけてゆく。

油断!気づいたら、デブ・・・。

 わずか5日ぶり、であるにもかかわらず、今朝ズボンをはいたら異変があった。
 ベルトが大変きついのである。
 たった5日、仕事に行かなかっただけである。
 こんなこと久しぶりだ。
 年末年始、たった5日しか休みがなかったのだが、よほど楽をさせていただいたのか、食べ過ぎたのか・・・。
 思い当たるほどの楽はしていない。
 そんなに酒を飲んだわけでもない。
 現に3日の夜などは酒を飲まなかったのだし。
 とすると、食べすぎか。
 確かにもちは浴びるほど食べた。
 2日の夜は妻の実家の家族と焼肉屋に行ってすき焼きをさんざんいただいた。
 そして、昼寝はそこそこにした。
 ああ、それが原因だな。
 今月21日は一年ぶりの人間ドック(但し日帰り)だ。
 メタボだ、と言われないように、ちゃんと体重戻して行こう。(反省!)

今年最初の遠出

 急に少し遠出をしたくなり、妻を誘って高岡の瑞龍寺に行って来た。
 魚津から国道で1時間あまりだが、瑞龍寺に行ったのは初めてである。
 加賀藩二代藩主の前田利長の菩提をとむらうために、三代の利常が建立したもので、最近国宝になった曹洞宗の寺である。

 寒い時期であり、いくつかある駐車場の、一番入り口に近いところに車を止めることができた。
 来客はそんなに少なくはなかったが、たぶん、関西方面からの一個団体があったためであろう、JTBの観光バスツアーと一緒になった。
瑞龍寺

 境内は、そんなに色んなものがあるわけではなかったが、私の関心を惹いたのは、石廟というところである。
 回廊を左から回って中ほどに行ったところからさらに左のくぐり戸を通って入るところである。
 中に5つの石の墓があった。
 まつられているのは寺の主である「前田利長公」、建立者である「前田利常公」、そして「織田信長公」、「信長夫人」、「織田信忠公」ということであった。
信長墓所
 不思議だったのは信長及びその妻子の墓であり、そばにあった説明板に「本能寺の変の後、信長公父子の分骨を得て・・・」と書いてあったことである。
 織田信長の遺体は見つからなかったというのが定説であり、そうならば、分骨などありえないことだが、まあ、寺の言い伝えでそうだというのならそうなのだろう、と思って礼拝し、後の工程を回った。

 久しぶりに妻と語らいながらのドライブと思ったが、日頃の疲れのせいか、彼女が起きていたのは瑞龍寺の中だけで、後はぐっすりおねむの人だった。

2009年「我が家の方針」

 子供たちに守ってもらいたい方針を昨年の途中から家の中に貼っている。
 細かな計画や目標は今日明日で作ろうと思っている。
 「方針」は今回の場合、大晦日に作り、子供たちに主旨を話して、元日早々に貼り付けた。

 今年の「方針」は次のとおり。
 ①夢を持つ
 ②計画をする
 ③実行する
 ④思いやる
 ⑤確認する
 ⑥倹約する

 夢を持つということばかり言っていると、夢で終わってしまう危険があり、少年期の子供たちにそういう上滑りなことを教えてもなかなか伝わらず、結局「夢」だけで終わってしまうのではないかと思い、これまで「夢」について語ることは封印してきた。
 しかし、ここのところの自分自身の行動や、子供たちも受験という厳しい現実にさらされ、「夢」を思い描くだけでは現実は変わらないということを身に沁みて感じてきたはずだ、と思い、そろそろ封印を解いて、語っても良かろうと思い、「夢」を冒頭に挙げることにした。いや、むしろ、子供たちの気持ちをアクティブに前向きに向かわせるための励ましの気持ちもある。

 昨年は
 ①思いやり
 ②確認
 ③節約
 ④勤勉
 としていた。(名詞と動詞の語感の違いも意識した)

 子供たちの自分勝手な言動が目に付いたため、冒頭に「思いやり」をもって行動してほしいという気持ちを伝えた。
 元々いい子達なので、わかってくれていたし、わかっているのだが、やはり思春期の少年たちだから、思っていても言葉や行動はウラハラということが往々にしてあったのだろう。
 しかしおかげで最近は言葉や動きに少し思いやりが見えてきたので、大晦日に「ありがとう、おまえたちの行動は変わってきた。思いやりが見える。不必要ではないが、二人ともわかってきてくれているので、来年は少し順位を落とす。」ということを話した。

 節約については、時間、お金、エネルギーを大切に、ということを言ってきたが、まだまだなので、昨年以上に厳しく「倹約」という表現にし、子供たちにも再度念押しをした。

 そして「夢」「計画」「実行」について。
 一見「勤勉」を削ったようにしているが、私の中では「勤勉」を解きほぐすとこうなる、と説明した。
 自分は何をしたいのか、何の為に生きているのか、何をもって世の中に貢献するのか、それが「夢」である。自分を動かす本当の原動力だと思う。
 「夢」を持ったら、それに向けて行動する必要がある。
 行動なくして夢の実現はありえない。
 但しやみくもに行動しても夢に向かうとは限らない。
 たまたま近づくことは出来るかもしれないが。
 ゴールを定め、それに一歩一歩向かっていくための「計画」が必要だ。
 これまた同じことだが「計画」を立てるだけでは画餅に終わってしまう危険性がある。
 すぐに「実行」することが大切だ。
 できることから一歩ずつ。
 トライアルも良し。いきなり計画に入らず、どんな具合か、どれだけの時間がかかりそうか、実験してみた上で計画に落とし込むも良い。
 いずれにしろ「計画」を立て、「実行」する。
 これで始めて「夢」に近づくことができる。「夢」を実現することができる。

 そんな話を大晦日の夜に子供たちに語った。
 自分への言い聞かせでもある。
 子供たちは「また貼るの?」と苦笑いをしていたが、いつかわかってくれるだろう。

三木聖子さんの「まちぶせ」と底流でつながっている友人

 中学2年の秋のある夕方、部活を終えてだったか、委員会活動の途中だったかは覚えていないが、教室に戻ったら、何人かのクラスメートが残っていた。10人ぐらいいたか。
 そのときに突如、当時流行っていた、三木聖子さんの「まちぶせ」という歌を歌いだした。
 友人のO君と私が一緒に、である。
 O君が先だったか、私が先だったかははっきりとは覚えていない。
 歌いだしたのは私だったと思っているが、O君だったかも知れない。
 ま、そんなことはどうでもいい。
 要は突然歌が始まって、二人の男子生徒がアイドル歌手の歌で手拍子をとりながらコラボレーションした、ということである。
 そしてその歌を最後まで歌いきった。

 それから三十年以上たつ。
 その間、石川ひとみという人が「まちぶせ」をリバイバルで歌い、三木聖子さん以上の大ヒットを放った。
 石川ひとみの歌が流行っていた頃、元祖は三木聖子という人なんだということを周囲の人に語っても、誰も知らないと言っていた。共感のできない寂しさと、O君とは共感どころがコラボまでできたということが今も誇りになっている。

 そのO君から年賀状が届いた。
 仙台に出張したときに入ったスナックのママさん(という言い方が適切かどうかはわからないが)が、なんと三木聖子さんだったという話しだ。
 三木聖子さんが生で「まちぶせ」を歌ってくれたらしい。
 「お前、覚えておるか」というコメントが書いてあった。
 覚えておるかどころではない。
 今も三木聖子さんと林寛子さんは永遠のアイドルだ。
 先日もYouTubeで三木聖子さんを探して、「まちぶせ」を聞いたくらいだ。(レコードのジャケットだけで動画はないのだが)

 離れて暮らし、三十数年を経てはいるが、心の友とは底流でつながっているんだなという感じがして嬉しかった。
 今年は幸先いいぞ。


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