中小企業診断士 中陳和人の                 「夢をかなえるブログ」~目指せあの頂へ~

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演技が上手じゃないSMAP(といううわさ)

 高校1年生の次男坊が部活動で芝居をやっている。
 演劇部である。

 いつからそういうものに興味を持ったのか、は別として、彼が言うには、SMAPのメンバーは芝居が上手ではないという。
 たとえばキムタクという人。
 どんなドラマでも同じようなキャラクターしか演じていないという。
 ああ、そう言われてみればそうかな、と思うフシもある。

 対するに大杉漣。
 色んな役柄がこなせる、と玄人みたいなことをのたまう。

 まあ、どうせ誰かに吹き込まれたんだろうが、ワンパターンの役柄しか演じられない人と色んな役柄を演じることができる人(演技の幅が広い)、ということが役者としての良し悪しに関わるということがわかっただけでも大きな成長だと思う。
 そしてまた、そういう幅の広さが大事だということを知ることで、単に見映えの良さとか、目立つだけとかいうことではなく、人としての色んな経験が深みになって行く、ということがわかってきたことが今後彼がどういう道に進もうとも、間違いなくプラスになると思う。

 そういう意味では、SMAPを引き合いに出して悪いけれど、高校に入って自分のやりたいことを見つけられたことはとても良かったのではなかろうか、と思う。
 私との会話のジャンルと機会も増えたことだし・・・。

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一年ぶりにビーチバレーボール大会出場

 昨年の11月に続き、今年も地区のビーチボールバレー大会に参加。
 地区の住民運動会、ビーチボールバレー大会と、町内の行事に2年連続、ちゃんと参加できた。
 以前なら土日も仕事、イベント、もしくはバタンキュー状態で、町内の人の顔すらわからなかったが、2年連続で参加していることで、主な方々の顔と名前が少しずつわかってきた。
 これはいいことだ。

 ビーチボールバレー大会は、健康増進という意味もあるが、同じ校下の住人たちとの親睦を図るためのものなので、本来あまりにも熱くなる必要はないのだが、それでもラリーが続いたり、スパイクめいたものが決まったり決められたりすると、とても熱くなる。
 去年と比べて、私自身は少しプレイに落ち着きが出てきて、冷静に玉を追いかけることができるようになったと思う。
 もちろん、熱くなるとてんで話しにならず、ミスの連続で、結局自分のチョンボで負けてしまったのだが・・・。

 自分の人生において、体育関係でほめられたことはなく、むしろいやみや注意や叱責や怒声や、といった辛い思い出ばかりである。
 そのため、いいプレイもあったにも関わらず、体育行事では、今日ですら、失敗したプレイばかりが自分の心を占領していて、「やっぱだめだなあ」という気持ちが残ってしまう。
 とぼとぼと体育館を後にしようとしたそのとき、自分を責めている自分に気がつき、それが子どもの頃からの体験に基づいたものだということに気がつき、気持ちを切り替えることができた。
 もっと自分をほめてやろう。
 今日は誰も私を責めなかった。
 あんたのせいで負けたじゃないか、とか、あんたのあのプレイはだめだよ、とか、誰も言わない。
 にも関わらず、自分で自分を責めることはない。
 こと仕事に関しては、失敗しても(自分の中では)開き直ることができるようになったのに、体育に関してだけ開き直れないというのはおかしい。

 一生懸命にやって、しかも楽しかったのだから、それは大変いいことだ。
 来年に向けて、さらに落ち着いて楽しめるように、運動能力の向上に向けて頑張って行こう。
 と思った今日だった。

氷見で一泊(元上司への感謝)

 大口法人への営業をやっていた時の上司から声をかけてもらって、氷見に行ってきた。
 仕事はギリギリまで目一杯やって、午後6時半に「すんません、ちょっと今日用事があるので」と断り、それでも「この資料のメンテやってくれ、持って帰って見てきたいから」と言われて、10分で修正して提出し、ほうほうの体で会社を出た。

 氷見の宿は「磯波風(いそっぷ)」という。
 私が着いたのは午後8時半。
 既に宴たけなわ。
 私を含めて総勢12人の宴会だ。
 メンバーは、某大企業の執行役員やら元支店長やら元部長やら大先輩やら・・・。
 本来ならばとてもそんな席に同席できる立場でも身分でもないのだが、元上司の特別の計らいで、声をかけていただいた。
 自分はとてつもなく幸せ者だと思う。
 ある人が言う。「この会に呼ばれるというのは、お前、その若さで、特別だぞ」
 であるから、何が何でも駆けつけねばならない。
 元気な姿をお見せし、先輩方のお話に耳を傾ける。
 それが感謝の印・・・になるかどうかわからないが、私にできることはそれぐらいだ。

 一夜明けて、元上司と何人かの仲間の方々は、糸魚川から扇沢へ行き、後立山から雪の室道へと向かわれた。
 既に50代後半だし、中には60歳を超えた人もいる。
 すごいパワーだ。
 写真もやる。
 酒もやる。
 そして山登り。
 見習わなくてはならないと思う。
 そして、感謝。
 今年も声をかけていただいて、大変ありがとうございました。

私のビョーキ(本屋ブラブラ)

 予定よりも1時間ほど早く用事が終わった。
 文房具を買おうとショッピングセンターに行った。
 来年の手帳が沢山置いてある。
 ついフラフラと見て回る。(・・・買う気もないのに。気になるのだ)

 ついでに本を見て回る。
 ある本を探しているのだが、先週もなかったので、多分今日もない。
 とは想定がついているのだが、それでも見て回る。
 100円ノートの手帳術、といったような類の本が最近よく出ている。
 A6というから、A4の4分の1のサイズの小さな、文庫本程度のノートである。
 これで色々な記録や発想メモやらをしていくという手法だ。

 既に『ノートは一冊にまとめなさい』とか『シンプルマッピング最強ノート術』など、A6ノート活用法の本は何種類も出ている。
 今日も何か気づきがあるかも、と目新しい本が2冊ぐらいあったので、パラパラとめくってみた。
 などなど、立ち読みすること、やがて一時間。

 家に帰れば積読状態の本が待っているのに、書店に行くといつもこれだ。

 続けて同じ建物の中の奥にある文房具店へ。
 そこでも手帳やらなんやらを見て回る。
 A6ノート専用のブックカバー(手帳カバー?)が幾種類か販売されていた。
 左右に計2冊入るものなどもある。
 ついでにA5版が入るカバーなども一緒に置いてある。

 やはり「A6」というのが今の旬なのかも知れない。
 私は愚直にA5で行く。
 などと考えたりなんだりしながら結局1時間半も本屋と文房具屋で費やしてしまった。

 これ、ビョーキなんだろな。

亀井大臣の中小企業等金融円滑化法案

 亀井静香金融・郵政担当大臣の一の矢「中小企業等金融円滑化法案」がいよいよ現実のものとなる。
 金融業界、ことに銀行業界では、あまり歓迎されてはいない。
 しかし、姿勢としては良いという意見もある。
 これを機に、中小企業の見方です、と大アピールする銀行も出てこよう。

 さて私の比較的身近なところでは、ある窓口に経営相談専門のコーナーを設けようかという動きがある。
 これからまだまだ色々な変化がありそうだ。

『100年予測』byジョージ・フリードマン

 フォト・リーディングでジョージ・フリードマンの『100年予測』を読んだ。
 ここ2~3週間ほど、ベストセラーが続いている本だ。
 欧米では今年の早い時期に既に大ヒットしていたようだ。

 未来予測ものであろう、と勝手に解釈して買い、表紙を見るとそうではないことがわかるにも関わらず、相変わらず読む直前まで、未来予測ものだと思い込んでいた。
 もちろん未来予測ものではあるのだが、科学技術で暮らしぶりはこう変わる、といったようなSF的なものではなく、どことどこが戦争して、どこが衰退して、といったような極めてポリティカルな内容だった。
 しかも楽観的なことは全然書いてない。
 地政学と「歴史は繰り返す」という格言に基づいて、冷厳に今後の世界のパワーバランスを述べたものだ。

 結論を書こう。
 21世紀は引き続きアメリカが覇権を唱え続ける時代だ、と言う。
 そしてこの本は、あくまでアメリカを中心に書かれた政治・軍事の本だ。

 続けて言う。
 アメリカに挑戦する勢力は色々出てくる。
 今後中国とロシアが強大になるが、中国は豊かになればなるほど分裂の方向に向かい、ロシアは資源大国となり再び冷戦を招くが、かつてのソ連のような力はなく、やがて瓦解する。2020年にはこれらの国は力を弱めてしまう。
 その後弱った中国とロシアの空洞を埋めるため、東からは日本が、西からはポーランドとイスラムの盟主となる、かつてのオスマン帝国トルコが勢力を拡大する。
 アメリカはそれをある程度は応援するが、増長しすぎた日本とトルコを押さえにかかる。
 日本とトルコは同盟を結び、アメリカの軍事力を叩こうと奇襲攻撃をかける。
 2050年に戦争が勃発する、とフリードマンはシナリオを描く。
 が、最終的にはアメリカが勝つ。

 その時代の軍事力は、宇宙で発電してマイクロウェーブで電力を送り、通信ネットワークで結ばれたロボット(もしくはロボットスーツを身につけた超ハイテクな兵士)たちが主力であるという。

 さらにその後は現在GDPでは十数位にある、メキシコなどが台頭し、やがてアメリカすら脅かす存在になる。

 なぜ日本とトルコが同盟を結んでアメリカの覇権に対抗しようとするのか。
 その理由は多分に地政学的な分析によるものらしいが、力が弱まったエアポケットに、吸い込まれるようにして近隣の諸国がそこに入っていくのは、自然なことだろうとは思う。

 とにかく、近未来ものとしては十分刺激的な本だし、SF戦記小説としても面白かった。
 個人的な希望としては、アフリカ諸国や東南アジアやインドなどがもっと出張ってきてもおかしくないのではないかと思うのだが、ポリティカル予測の世界では、これらの国々は、あまり力が強くならないだろうとの予測なのか、それとも著者がそれらの国々のことをあまり知らないのか。それはわからない。

今日の気づき(真国寺訪問にて)

 久しぶりに、御廟真国寺を訪れた。
 ご住職から、今日も沢山の智恵と気づきをいただいた。
 以下、書く。

 ほどく。
 しがみつかないこと。
 ときはなつこと。が大事。

 来来亭というラーメン店をフランチャイズ展開している経営者の話。
 彼はまだ30代の若さだが、2億円以上の豪邸に住み、6200万円のポルシェに乗っているという。
 フランチャイズの店長は、もちろん店の味をきちんと再現できるかとかいった技術的な完成度は必要であるが、それに加えて人柄も大変重視するそうだ。
 成功の秘訣を聞かれ、「鶏がら、豚がら、人がら」と答えているらしい。
 そして、店長たちは、何年かして自分で経営できそうだと認知されたら、独立し、オーナーの配下から完全に離れるのだそうだ。
 通常、のれん代みたいなものをいつまでも払わなければならないのがこういう仕組みにつきものだが、このオーナーは拘泥しない。
 まさに「ほどく」なのだそうだ。
 そしてまた、だからこそ、また人が集まるし、独立した人たちもいつまでも慕ってくるという。

 日本にはエリートが必要。
 エリートとは、一つのことに徹底してこだわり、それをずっとやり続けている人のことである。
(『国家の品格』藤原正彦氏)

 灘高校の橋本武先生(80歳を超えてなお現役の国語教師)という方。
 中勘助の『銀の匙』という小説(文庫本で200ページほど)を高校三年間かけて始終脱線しまくりで教える。
 その授業が始まってから6年後、普通の高校だった灘高校から東大に100人以上進学させる超優秀高校に変わったという。
 原因は、小説の中の一つひとつの物事の意味や背景を、徹底して深堀する授業のおかげで、生徒たちの学習姿勢にも、深堀することが身についたおかげだ、というようなことらしい。
 私の高校の時の現代国語の指導者も、よく脱線し、またテキストの中の、作家が真に言いたいことは何か、深く考えるような進め方をして下さった。おかげで「読む」ということについて、深く考えおもんぱかることが身についたような気がする。
 A祖父先生、ありがとうございました。

 薪ストーブの話題に2時間ついてこれるか。
 ある会社の営業担当者がご住職の元を訪れた。
 就職する前から知っていたという強みがあったようだ。
 しかし用件は今の会社の商品の売り込み。
 ノルマもある。
 ご住職から聞かされた話は、営業担当者の用件に関することではなく、薪ストーブの話だった。
 どれだけついてこれるかな、というのがご住職の謎かけだった。
 20分後、営業担当者は「次のアポがありますので」と言って退出してしまった。
 人格的にも学力的にもいい青年らしいのだが、やはり会社に属し、その会社の尻叩きの中で日々過ごしていると、お客様の関心事よりも自分のノルマのことにしか意識がなく、結果、ビジネスが前に進まない。

 ポルシェの営業研修は、俳句から始まるらしい。
 お客様はポルシェに夢を持っている。
 だから営業担当者は、お客様の人生や夢やサクセスストーリーといったものに焦点を合わせ、それを分かち合えるような素養を持っていなければならない。
 だから、マーケティング技術ではなく、人格、教養を磨くのである。

 元上司の本の整理の話。
 まだ具体化しているわけではないが、もしもご家族のご意向として、私に処理を委ねられるということになった場合、私物化はしない方がいいよ、と助言して下さった。
 自分でもそう思う。
 5000冊の本を、読みこなせるわけでもないし、置く場所もない。だからと言って簡単に売却すべきではないし、さあ、どこか公のしっかり管理してくれそうなところへ寄贈なりするか。
 私のできることは、せいぜい、分類ぐらいのものではなかろうか・・・。

 前田家のこと。
 前田家12代のお墓の案内図が境内にある。
 見ていてびっくりした。
 「菅原朝臣利次」などと、どのお殿様の名前にも「菅原朝臣」と書いてある。
 あれ?前田の殿様の墓はどれだ?と思って見ても、「菅原」以外はない。
 しかも名前は「利次」やら「正甫」やら、聞いたことのある「前田家」の名前ばかりだ。
 戦国の武将によくある「源朝臣・・・」というようなものと同じで、「前田」という苗字ではあるのだが、朝廷に仕える立場ということで、源平藤橘めいた苗字を頭につけるならわしなのだろう。
 しかしどうして「源」でもなく「平」でもなく「藤原」でもない「菅原」なんだろうか。
 答えは、意外とあっさり出てくるのだろうけど、初めて知る事実に、脳が最高にエキサイトしている。

 つらつら書いたが、久しぶりに真国寺を訪れて、良い時間を過ごすことができ幸せだ。

亡き上司の本の整理

 亡き上司の蔵書の整理をしなくてはならないかも知れない。
 私が入社した時点で、既にハードカバー3000冊を蔵しておられると聞いていた。
 月に10冊ずつ買っておられた。
 一年で約120冊。
 当時就職してから25年ほど経過しておられたので、ざっくり3000冊になる計算だ。
 ちなみに文庫本は本ではないと言っておられたので、全てハードカバーである。
(文庫本は本ではないという見解には色々異論もあろうけれど)
 そして、買った本は全て読了しておられたようだ。
 凄い読書量である。

 それ以後もたぶん同じペースで本を買い続けておられたようだ。
 私が入社してから約20年を経て、上司は鬼籍に入られた。
 本の数は恐らく単純計算で5000冊にもなっていよう。。

 上司が所蔵している本を私に委ねたいというようなことを、確かお元気な頃に何度か仰っていた。
 しかしあくまで酒の席の話であり、半分期待はしていたが半分以上冗談だと思っていた。
 本当に本気なら、お元気なうちに蔵書の場所を案内するとか、具体的な「引継」の段取りの話などになるはずだ。
 だがそういう話には遂にならずに逝ってしまわれた。
 具体的な話ができなかった、としたら、その理由は、一つには私がずっと大阪にいたために話す間がなかったということがあるかも知れない。また、上司がまさか死ぬとはご本人も想像だにしていなかったことなのかも知れない。

 にもかかわらず「遺言だ」とある大先輩が言う。
 私は遺言としては聞いていないし、蔵書の場所すら見たことがない。
 困った。
 と思っているが、なんとかしなければならない。

 もちろん、奥様はじめご遺族がいらっしゃるので、その方々のご意思を確認するのが先決である。
 しかし、もしも本当に私が処置しなければならないとなったら、それはそれで気合を入れて、故人のご遺志にそむかないように対応しなければならない。

 蔵書の整理は大変なことだ。
 単純に古書店に引き渡すなどもってのほか。
 かと言って5000冊の本を引き取るスペースがあるわけでもない。(つい先週ようやく段ボール45箱分の本等を整理し終えたばっかりだ)

 はてさて。
 故人のご遺志は奈辺にあろうか。

コミュニケーションのプロの話

 あるアナウンサーの方とお話をした。
 こちらからのお願いがあってお目にかかった。

 色々話をしている中で、こういうことを言われた。
 「仕事でどこかの会社の社長とお話をするときに、その会社のことを事前に勉強し、その会社のことを話題にします。仕事の中身とは関係なく、たとえば放送(又はアナウンスの中)では一言も触れることがなくても、社長とのコミュニケーションを円滑にするとか、お互い親近感を持つとか、そういう効果があるので」というようなことをさらっとおっしゃった。

 よく趣味の話や雑談だけやって、商談に入る営業マンがいる。
 このお客さんとは話が合うんだ、と言っているが、さにあらず。
 その会社のことをどこまで勉強し、どこまでその会社の役に立つ提案か、ということがないと、単なる御用聞き営業になってしまう。
 消耗品の注文を取りに行くだけなら、雑談でいい。
 だけど、そこの担当者や経営陣と深い信頼関係を構築しようとするならば、そして信頼関係に立脚した営業をしようとするならば、その会社のことを真剣に考え、真剣に語らなければならない。
 そういうことを理解し実践している営業担当者って、一体どのくらいいるのだろうか。

 営業の基本だが、案外できていない。
 接客、人を喜ばせる、円滑なコミュニケーション。
 鳩山総理が新しい駐日大使が着任したときに、その母校のアメフトか何かのヘルメットを見せていきなりなごませたということがあった。
 機先を制するという意味もあろうし、いきなり打ち解けるという効果を狙ったということもあろう。
 とにかく、人間関係を円滑にして、という入り方は、やはりコミュニケーションの基本だと思う。

 そういうことを学ばせていただいた。
 ありがとうございます。

親戚の葬儀にて

 妻の伯父が亡くなった。
 男手が足りないのでということで納棺のお手伝いに行った。
 まだ映画「おくりびと」を観ていないが、映画のシーンもこうなのだろうなあと思わせるような、丁寧で手際の良いプロの仕事で、オークスの係の方が故人の体を拭き、白装束を着せておられた。それらの仕事を全て布団をかぶせたままでなさっていたのが驚きだった。
 「納棺の儀」というものを初めて目の当たりにしたのだが、てっきり丸裸の状態にして、せっせと体をふきまくるのかと思っていたがさにあらず、であった。

 布団からお棺への移動。
 一番重い頭の部分を持った。
 すぐには持ち上がらない。
 とてもとても重い。
 首の奥まで手を差し込んで持ち上げた。
 冷たい。
 ドライアイスがあるからか、と思ったが、そんなものは首の周りには置いてない。
 あ、そっか、死んだ人は冷たいんだ、と気がついた。

 お通夜。
 意外な人がやってきた。
 プロ野球セ・リーグの元審判部長のT澤氏だ。
 お通夜が終わり、親族控え室に遺体が運ばれ、皆で食事を取った時に同席された。
 故人の話を色々なさった。
 40年以上の付き合いだという。
 信念を持ち、哲学を持っていた人だ、と話しておられた。
 野球のレベルが向上するためには審判の技術の向上が不可欠だ、と言ってアマチュア審判であるにも関わらず、プロと一緒にレベルアップの研修などを受けていたということだ。プロとアマの「ベルリンの壁」よりも高い壁をぶち壊した人だ、富山の野球界に大変素晴らしいものを残した人だ、とほめ称えておられた。

 T澤さんと言えば、超有名人の審判部長だ。
 そういう人からこれだけのことを言われる義伯父。
 私は直接お話したこともないが、すごい人が身近にいたんだなあと亡くなってから感心した次第。
(T澤さんは、翌日の本葬にも参列して下さった。78歳というご高齢にも関わらず、わざわざ東京から飛行機に乗って富山くんだりまでやってこられ、2日間びっしり故人の冥福を祈る儀式に付き合って下さった。なかなかできることではない。感謝)

ポンジュースのハイチュウ

 ハイチュウというお菓子がある。
 私たちが子どもの頃(40年は経っていないが)からある。

 最近意欲的に色んなバリエーションを出している。
 夏に京都へ行った時は辻里かどっかと提携した「抹茶」味を出していたし。

 今日、ポンジュースのハイチュウをセブンイレブンで見つけて、思わず買ってしまった。
 これはなかなかのヒットだ。
 おいしい。
 ジューシーでしかも糖っぽさをあまり感じない。
 うん、ポンジュースだ、と思った。

 景気低迷の折ではあるが、森永さん、さらに頑張って欲しい。

行き過ぎの逮捕報道

 イギリスから来ていた女性語学教師を殺害した疑いで今日一人の容疑者が逮捕された。
 警察がその容疑者を連行する模様をずっとテレビでやっていた。
 2年7ヶ月もの間、名前を変え顔を変えて逃亡していたようだ。
 被害者のご家族の気持ちを思うとなんとも言えない。
 逮捕されてほっとしておられるかと思う。

 それにしても新幹線での連行の時のマスコミの暴走ぶりはどうか。
 警察の仕事の妨害以外の何物でもない。
 異常だ。

 それと、それに関わる報道の時間の長さ。
 逮捕されたのだから、それでいいではないか。
 警察とマスコミのすったもんだの映像を延々と流してなんになるのか。
 他に報道しなければならないことはもっと沢山あるのではないか。
 日本の映像マスコミはホントに異常だ。

 妻に言わせると、元アイドルタレントの大麻事件の時(逮捕された時や裁判の時など)も、昼のニュースやワイドショーはそればっかりだったそうだ。

 他に報道しなければならないことは山ほどある。

 日本のマスコミは昔からそうだ。
 田中角栄氏の時もそう。
 戸塚宏氏の時もそう。
 ニワトリが弱ったニワトリを集団でつっつくように、集団リンチのようにみんなで一斉に攻撃しまくる。
 終われば次の獲物を求めてまた集団で動く。
 魔女狩りだ。

 こういう「エセ大衆迎合報道」(エセという理由は、マスコミが「大衆が望んでいるだろう」と勝手に思い込んで自分たちの「報道の権利」を縦に、きっちり仕事をしている人たちの迷惑を省みずに、ずかずかとカメラを持ち込んで好き放題に映像を撮りまくっていくから、そう名づけるのだが)が跋扈している間は日本の知的文化レベルは上がらない。
 私たちが知りたいことは、逮捕された容疑者が新幹線で捜査員に付き添われて大阪から東京へ護送される様子やその道中の警察とマスコミの騒動や新幹線の他のお客さんの迷惑も省みずにどやどやと一緒に乗り込んでJRの運行妨害をしている「俺たち、報道の自由だもんね」と得意げにカメラを回しまくっているマスコミの姿ではない。
 人の命を奪った事件について、真実が明らかになり、犯人が法律で適切に裁かれる、ということが、正しく行われるかどうか、事実が明らかになるかどうか、ということを私たちは知る必要があるのであり、そういうことをきっちりと監視し、国民に伝えていくことがマスコミの仕事ではないか。

 どうか我が国の良識ある人たちが、こういう愚民報道を、劇場で芝居を観るような感覚で見、人としての判断力や冷静な感覚を失わないよう切に願う。

新しいノート・・・日々進化もしくは変化

 手帳をやめ、A5 20穴のルーズリーフノートにしてから1年ちょっと。
 自分のオリジナルの「ウィークリー」や「週末集中取組事項メモ」などを作って遊んでいる。
 昨日から『手取り1655円が1850万円になった営業マンが明かす月収1万倍仕事術』という本の著者である大坪勇二氏のノート術を採り入れさせていただいている。
 ウィークリーもとりあえず一旦これまで使っていたのを塩漬けにして、この人のツールに変えてみた。

 サラリーマンである私の、会社からもらっている収入が増えるものではないが、知的ツールは色々試してみてこそなんぼのもんである。
 他人様がやってみてうまくいったノウハウをただで使わせていただけるのだから、こんなにいいものはない。
 色々試してみて、自分なりに工夫や改善を図っていけば良い。
 とりあえず、しばらくやってみる。
 興味のある人はこの本をご覧下さい。
 フォトリーディングやマインドマップなどおなじみの手法も書いてある。(この人なりの工夫が施されている)



徐々に太陽黒点が増えてきているようだ

 経済と太陽黒点の数に直接の関係があるかどうかわからないが、少しずつ黒点の活動が見られるようだ。
 10月末から今月初めにかけては全くゼロの日々が何日かあったようだが、ここ2~3日は二桁ずつ見られている。
 平均すれば5~6個ということなのかも知れない。
 今後の予測。

今後12ヶ月の黒点数の予測値 
データ日: 20091108 (UT) ©SIDC
年月(UT)   黒点数
2009年11月    6
2009年12月    6
2010年1月     7
2010年2月     8
2010年3月     9
2010年4月    10
2010年5月    11
2010年6月    13
2010年7月    14
2010年8月    15
2010年9月    16
2010年10月   18

情報元:http://swc.nict.go.jp/sunspot/(宇宙天気情報センター)

 ということのようなので、来年の春以降は、人の活動が徐々に活発化してくるのではないか。
 もちろん、活発になり過ぎて過激に走ってまたぞろ戦争だのなんだのというのは困るが。

右腕、腱鞘炎?

 マッサージには、だいたい2週間に一回ぐらい行っているのだが、10月24日、11月3日、今日、とほぼ週一の間隔で行っている。
 まあ今回は段ボール箱13箱分の書籍の整理&BOOK OFFへの8箱運搬という作業をしたこともあり、疲れを残さないように、との思いもあった。
 それと、右の肩の筋がしばらく前から痛んでいる。

 診てもらったところ、前回も言われたのだが、どうも軽い腱鞘炎だという。
 しかも左右の肩の位置が違うとのこと。
 右の肩の筋が少し縮んでいるらしい。

 真向法で足の筋を伸ばすのに懸命になっているうちに、腕の筋が萎えてしまったか・・・。
 中国でも腱鞘炎になって首より上に腕が上がらない人が大勢いるよ、とのことだった。
 腱鞘炎、と言うが、要は「五十肩」のことではないだろうか。
 肩の筋肉の伸ばし方はしっかり教わったので、仕事中であろうとも、時々ぐいっとか、ぶらんとかやろうと思う。
 まだまだ肉体の衰えには早すぎる。活動を制限されるわけにはいかない。

ちなみに書架の一部を紹介

 書架の一部である。
 まずは納屋の2F。
納屋の2F

 その拡大。
納屋の2Fの拡大
 ほとんどが前後2段で入れてある。とにかく45-8-3で、30箱ぐらいの段ボールの中身をぶちまけたわけなので、分類だけは多少したものの、きれいに整理というにはほど遠い。

 居間のメイン書架。
居間のメイン

 私の座机の横の書架。(最近はここをメインとして使っている)
机横の書架

 2Fの書架。(寝る時に持って寝る本用の書架になってしまっており、ほとんど機能していない。ここの書類関係が溢れ出ているので、次の整理のターゲットである)
2F寝室の書架

 以上、ある友人からの求めにより開陳したものです。
(整理下手と遅読・積読を自ら広言しているようで、かなり気恥ずかしい)

積年の、納屋の段ボール箱の整理が終わった

 捨てりゃいい。
 のかも知れない。
 しかし、なかなかこれは不要、これは必要、などの仕分けがパッパッとできない。
 迷うものを時間をかけて仕分けする時間もない。
 家の中の収納スペースはとっくの昔に限界を超えている。

 というわけで、大学を卒業してから、収まる場所のない教科書やら卒論の資料やら雑誌や新聞の切り抜きやらが、段ボールの中に詰め込まれて、納屋の一角にひっそりと佇んでいた。
 その時間、25年。
 いやはや、もう四半世紀も経ってしまったのだ。早いものだ。

 で、そういう段ボールが年を追うにつれ、引越しを何度も繰り返すにつれ、少しずつ増えていった。
 その数、45箱。

 納屋の改修を機に、2Fのスペースをとりあえず私の本の置き場にしても良いことになり(私が勝手に決めたという噂もあるが)、9月下旬から数千円の安い書架(カラーボックスの大型のもの)を4脚と文庫本用のもの2脚を徐々に買い揃え、少しずつ段ボールを開梱していった。
 最初の頃は、比較的最近買い求めた本。
 昨日は、残る13箱を一気に片付けた。
 最後の13箱はなかなか難儀なものばかりだった。
 なにせ、大学時代の切り抜きや資料類や教科書・・・中学校の国語の教科書まであった。
 さすがにそれは捨てることにしたが、切り抜きや雑誌のバックナンバーの中には自分にとっては大事なものもあり、仕分けをしなくては、一気には捨てられない。

 上の子どもが文庫本用の書架の組み立てを手伝ってくれたり、廃棄書類を縛るのを手伝ってくれたりして、そのおかげで、13箱、しかも難物の整理をやりきることができた。
 感謝。

 夜、近くの「BOOK OFF」へ売却用の本を詰めた段ボール8箱を持って行った。
 多くは使い物にならないだろう、と思いながらも、長谷川慶太郎さんの『xxxx年世界はこう変わる』というシリーズなど、ここ10年ほど買っているのだが、それらはきっと値段がつくだろうし、『UFOと宇宙』という高校生の頃に買っていた雑誌は30年前のものなので、マニアにとっては垂涎ものだから、それなりに値段をつけてくれるかな、となんとなく期待はしていたが、約300冊持ち込んで、ついた値段が2000円にもならず、ま、そんなものか、自分で縛って廃品回収でただで出すよりはいいか、と割り切った。
 たぶん、不要な本はまだまだ沢山あり、とりあえず、収納したが将来的にも自分にとって大切であり続ける本はそんなに多くはないだろうから、いずれ、またおいおいリサイクルなどに回していくことになるだろう。
 いずれにしろ、数十年間、澱のように整理がなされなかった本たちが、行くべきところにそれぞれ行って、ようやく攻めの読書、攻めの人生に転換することができたように思う。(もう少しだけ、書類の整理が残っているので、来週にでもするつもりだが)

 読まれていない本たちが待っている。
 アウトプットしていくべき知識や経験も少しずつ溜まってきたように思う。
 いよいよ今から「攻め」の人生で行く。

久しぶりにケチャを聞いたらワクワクしてきたぞ

 初めてケチャを聞いたのは、大学生の時。
 毎週土曜日の朝6時から、FM放送で「世界の民族音楽」という番組をやっていた。
 司会はかの小泉文夫さんである。
 東京芸大の教授をなさっていた。
 随分若くして亡くなってしまったのだが、この人の語り、薀蓄、人を見る暖かなまなざし、全ての人間の文化を抱擁するような大らかさ、どれもが大変好きだった。

 で、ある日の番組で「芸能山城組」のケチャをやっていた。
 いや、ほんまのバリ島のものだったのかも知れない。
 それ以来、実物を見たことはなかったものの、あの、独特の「チャッチャッチャッ」という合唱が耳に残り、面白そうな芸能だなあと思っていた。

 それから6~7年。
 新婚旅行の先がバリ島だった。
 当然ケチャを見るオプショナルツアーに参加して、夜の公園でケチャの講演を見た。
 実際の演劇はやはり凄い。
 ケチャ以外にもいくつかの芝居やガムランの演奏を見た。
 バリは音楽と芝居の宝庫だと思った。

 新婚旅行で買ってきたケチャのカセットテープを、知人に頼んでCDに焼いてもらった。
 それをCDプレイヤーで久しぶりに聞いた。
 25年前のカセットテープからのデジタル処理であるが、音質は全然悪くない。
 楽しく聞いた。
 そして血がたぎってきた。
 またバリ島に行きたくなった。(美術館、海、ドリアン、マンゴスチン、バティック・・・いいなあ)

今日の雑感


  何もやらなければ何もできない。

  何かやれば何かができる。



体にいいこと三点セット

 健康で長生きすること。
 これが一つの目標である。
 健康で長生きすることで、色んな所に行き、色んな体験をする。
 ものも書き、多くの人と語り合う。

 そのためには、今よりも元気にならなくてはならない。
 ということで、前から思っていたことを最近徐々に取り組み始めている。

 その1。
 真向法という体操。
 7月25日から毎朝やっている。
 これは体の柔軟性、心の健全性を養うものだ。
 大昔、ブッダの元を訪れた修行僧たちがブッダへの挨拶の時になさった「おじぎ」がこの体操を考案した人の解説本に書いてあった。そういうわけで、仏教と深い関わりのある体操である。

 その2。
 アイメディカル。
 メガネがいやだ。
 かと言ってコンタクトにするのも面倒くさい。
 となると、視力を良くするしかない。
 ということで、大阪にいた時に視力向上器具として購入したのが、この「アイ・メディカル」という機器である。
 長いこと、子どもたちの視力の低下防止に使ってきたが、ようやく私にも少し時間ができてきたので、毎晩10分ずつ、10月27日から取り組んでいる。
 さあ、47歳にもなって(近視に加え、弱い乱視があり、さらに老眼まで入ってきてしまっているのに)視力の回復なんて、と思わないでもないが、変わりうる、という強い思いで取り組んでいくつもりだ。

 その3。
 アルコール断ち。
 γ-GTPの値を下げること、肝臓を元気にすること。
 昨日から始めたところだ。
 これは付き合いということもあるので、あまり気張って続けるつもりはなく、緩やかな努力義務として取り組んでいくが、とりあえず、今日も飲まなかったので、ま、この調子でしばらくはやっていこうと思う。

 これに、腕立て伏せと腹筋とジョギングあたりを加えればとりあえずは言うことなし、である。
 さらに「中年ゆるゆるテニス」などもできればなあ。
 おいおい時間を作ってやっていこう。
 30代の体力気力の充実に向けて。

月間アクセス600件を突破

 7月  350アクセス。
 8月  420アクセス。
 9月  513アクセス。
 10月 628アクセス。

 友人のサイトにリンクを張ってもらったことなどもあり、お陰様で多くの方にご覧いただき、アクセス数も毎月増えている。ありがたいことだ。

 ただ、これまでは日々感じたこと、思ったこと、あったことなどをランダムに書きなぐっているだけで、脈絡も法則性もない。(それがブログの参入容易性という強みなのだが)
 本当に雑記帳になっている。ま、それはそれでいいのだが・・・。

 今後は、当初予定していた
 「コンサルの実践ノウハウ」
 「他の人の成功物語の紹介」
など、もう少しメッセージの内容を充実させようと思う。

 仕事を通じて色々なネタもどんどん蓄積されているし、これからはビジネスや人生にとっての有用な情報の提供をさらにしていけるのではないか。
 このブログを通じて、人生の素晴らしさ、また素晴らしい人生の過ごし方、などについて、色んな人と語り合い、も考えていきたいと思う。

 ご覧いただいている多くの皆様、ありがとうございます。
 今後ともよろしくお願いします。

プチ・アルコール絶ち宣言!

 12月初旬に人間ドックを受ける。
 ずっとγ-GTPが高い。
 最近は睡眠時間もきっちり6時間以上とれており、厄介な精神状態でもないので、健康体であるはずであるが、相変わらずほぼ毎日晩酌をしているため、たぶんγ-GTPは高いと思われる。
 しかし、アルコール以外の要因はほとんどないはずなので、沈黙の臓器である肝臓さんには元気でいて欲しい。

 ということで、今日、11月になったのを機に、当分の間、家での晩酌は停止することにした。
 以前、かかりつけの医師から「1週間や2週間、アルコールを控えても、γ-GTPの値はそれほど下がりません。1ヶ月抜けばだいぶん変わりますよ」と言われたことがあるからである。
 と言ってもお付き合いの酒まで断るつもりはない。
 それ以外の、家での酒を断とうという程度である。
 ま、どっかの法律に書いてある「努力義務」ってやつだ。
 しばらくやってみることにする。

 ご褒美は12月5日のバス旅行である。ワイナリーなどに行くようなので、それを楽しみに取り組んでみよう。

次男坊の演劇を観た

 次男が高校に入って放送演劇部に入った時はびっくりした。
 幼稚園や小学校の低学年の時は水泳をし、中学に入ってバスケをやってきた。
 結局本人にとってはしっくりこなかったのか、長い間付き合うものにはならなかったみたいだ。
 そんな彼が突如、演劇、と言い出したので、大変驚いたが、我が子が、とにもかくにも自己実現を図ろうともがきまくった末に見つけた新しい道だったので、まずはやらせてみることにした。

 そして今日は県内の高校の演劇発表会であった。
 場所は、高岡の高岡文化ホールという立派な会館である。

 次男の行っている学校は寛容なのか、1年生でも出してもらえるのだ。
 セリフももらい、全編に出ていた。
 内容はインターネットの蜘蛛の巣に囚われた高校生たちが、自らの囚われている状態に気づき、そして同じように囚われている同級生(でも発現形態は彼らと異なり、ひきこもりになってしまっている)を、違う人間としてではなく同じ目線で捉え、理解し、救い出そうとする、そのために正面から向き合い、「目」を見て話をしよう、というようなものである。
 と書いてしまうと、なんとも安直な感じになってしまうが、現代のネット社会の危うさ、もろさとその中にあって仲間とどう向き合っていくかというようなことを描いた、素晴らしい演劇であった。
 笑いあり、涙あり・・・最後はホントに涙が出てしまった。
 高校生、なかなかやるじゃん!である。

 大会には、富山東、砺波、高岡南、小杉、高岡、富山第一、呉羽、富山中部の8高が出場。次男の富山第一高校は、富山中部高校とともに、次の中部大会に進むための2高の枠に入った。
 おめでとう。
 心から祝福と励ましを送りたい。

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