中小企業診断士 中陳和人の                 「夢をかなえるブログ」~目指せあの頂へ~

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京都奈良大右回りその4(東山から産寧坂、幻の清水寺)

 祇園のパフェ屋(飴屋)「祇園小石」を出てからは徒歩。
 八坂神社の前を通り過ぎ、細い通りを歩く。

 電柱。
東山の電柱
 よく見ると、地肌に茶色のペンキが塗ってある。
 へえーっ。さすがに、ローソン同様、この辺は電柱も風景に溶け込ませているんだ。
 と気づく。
 7年半の大阪生活の中で、この辺はもっともよく来ていた地域の一つだが、今日まで気づかなかった。

 さらに歩いていくと・・・。
 またまたあったありました!
 小路が。
石塀小路
 中に入ると、白亜の土塀の建物が。
 よく見ると・・・ここには掲載しませんが、やはりNHK衛星放送の「京都、丸竹夷にない小路」に出ていたような、某ギャラリーが。確か出ていたような気がするのだけどなあ・・・・。

 そして先ほどからとても気になる粽(チマキ)が、家々の軒に吊るしてある。
 なんだこれは?
蘇民将来
 チマキには「蘇民将来子孫者也」と印刷されている。
 蘇民、って何?
 ・・・というか、誰?
 蘇我氏のこと?

 私はかねてより、歴史で<暴虐の限りを尽くした蘇我氏>と言われる人々は、必ずしも悪人ではないのではないかと感じている。
 そういう感じを持って最近色々な本を眺めていると、どうも行政改革を推し進めていたグループもしくは指導者が蘇我氏で、それに対抗して時代を逆行させたのが彼らを歴史の闇に<悪人>というレッテルを貼って葬ったグループである、というような論調もあって、オレの考えていることとおんなじやん!なんてひとりごちていたりするのであるが、真実はわからない。
 だけど、千葉県に蘇我というそのものズバリの地名があったり、こういうふうに京都の町家で「蘇民将来」なんていうチマキ(厄除けの意味もあるのかな)を見たり、法隆寺の聖霊会という儀式で「蘇莫者」というスター(トリックスター?)が出てきたり、というように「蘇」という妙な文字を使った人物や厄除けや儀式などが、いまだにあちこちであるということが、なんとも「蘇我氏」を彷彿させて好奇心をわかせる。

 そして、高台寺の下をさらに南下し、八坂の塔へ。
 八坂の塔
 この辺りはいつもながら風情がある。
 八坂の塔は聖徳太子が建立されたという言い伝えである。

 あれ?
 聖徳太子と蘇我氏。
 やはり何か関係があるのかなあ・・・と思ってしまった。

 やがて一行は二年坂を過ぎ、産寧坂のみやげ物店へ。
 みやげ物店では、金の蒔絵シールというのを買った。
金龍の蒔絵シール

 ちょっとケバイが、オリジナル携帯を作るため&子どもたちへのプレゼントということも含め(子どもたちには別のシールだが)。
 それから、漬物店に長いこと逗留した。
 そのため清水寺は断念。
 次の行程までまだ歩いてしばらくかかるので。
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